105 勿忘草と花雨

tipToe.の全国ツアーファイナル、duo MUSIC EXCHANGE公演で初披露された新曲「勿忘草と花雨」について書きます。これはちょっとさすがに書かずにはいられない。ライブの帰り道で一息で書いています。家に着いても書き上がっていませんがこれが投稿された日時には書き上がっています。(それはそう)

作詞・作曲・編曲は彼方あおいさん。

「クリームソーダのゆううつ」「茜」「blue moon.」「群青と流星」「ぺトリコール」など、tipToe.のセンチメンタルサイドを色濃く描き出す数々の楽曲を手掛けた、tipToe.を語る上で絶対に外せないメインソングライターの1人です。

この曲では、序盤からこれまでの様々な楽曲のシーンが回想されています。
「春の風速、帳が揺れて」から「踏切ドリーミング」という以前は定番だったオープニングスタイルを久々に並べた今回のセトリでしたが、まさか「踏切ドリーミング」の可愛いあくびシーンに時間差で鳩尾にボディブロー喰らうとは思いませんでしたよね。最近ではレア化していた意外な選曲が、実は伏線として必須のピースだったなんて……なんならツアー中に解禁された1期曲「僕らの青」すらもその伏線のひとつでした。
この曲を知った上で改めて最初から観ると凄まじくやべえライブなのでは……という気がします。配信アーカイブ購入待ったなしです。

「勿忘草と花雨(わすれなぐさとかう)」というタイトル、これすごいタイトルだなと思うんです。天啓的なものすら感じる。
このタイトルと歌詞を読んで思ったのが、これは「御守り」なのでは？ということ。

勿忘草の花言葉は「真実の愛」「誠の愛」。tipToe.の曲ではこれまで歌詞の上では気持ちの正体を明言はしてこなかった印象がありますが、今回ついに「恋をした」というフレーズが登場しました。
「君の心に触れた瞬間、僕は君に恋をした」なんてもう、虚飾も色眼鏡も何も無いピュアなところで恋心に気付いているということで、まさに真実の愛と言えるもののひとつでしょう。

そして花言葉にはもうひとつ、こちらのほうがイメージは強いでしょうか、「私を忘れないで」というものもあります。

ひとまずそれはそれで置いておくとして、「花雨」という言葉についても触れておかなければなりません。
語意は「花の咲く頃に降る雨/花に降る雨」のほかに「花が雨のように散ること(あるいはその花)」というものがあります。後者は特に天上から降る花をいい、神仏の加護のしるしとするそうです。

二通りの意味を持つ言葉ですが、事象としては「雨で散り降り注ぐ花」とすればひとつにできそうではあります。

この曲において、「花雨」の指す花が「勿忘草」であることは言うまでもないでしょう。そしてその花に、花言葉である「私を忘れないで」という、その気持ちを代入してみます。

そういえば雨が降ったのを覚えていますか？この曲が初披露された11月12日の朝は雨が降っていましたが、それとは別に、2期のtipToe.の物語の中でも長い雨が降っていた季節があります。「fifthRuler.」です。

その雨は、簡単に言ってしまえば人間関係を構築するための試練として、視界を遮り靴を濡らした雨でした。実際の天候としての雨ではありましたが、各々が心を囚われてしまった心の雨でもありました。

長い雨を越えた先で出会った奇跡に溢れた現在を噛み締めた夏が終わり、移ろう季節とともに終わりの足音を感じる中で確かな“恋心”に気付いてしまった「僕」の心には、再び雨が降りはじめます。

ざっくりとタイムラインを流し読みする中で、1期の「茜」と比較する声が見られました。
「茜」の主人公は想いを伝えることもできず、そのまま会えなくなることの苦しさに悶えています。
「君のこと忘れるぐらいならずっと苦しいままでいいのにな」とも歌うその姿は、強い気持ちを持ちながらもそれを押し殺しているようでした。

一方で「勿忘草と花雨」の主人公は、「好きだ、好きだ、/ただ、ただ、君のことが、/君が僕を忘れる日が来ても」と、内省であることに変わりは無いながらも感情の発露が止まりません。なんなら「会えなくなるわけじゃないよ/わかっているけど/ああ、」と現実的な視点を歪みなく持ち合わせてもいます。

この感情を「勿忘草」に喩えるなら、時間と共に降り注ぐ雨はその花弁を散らし、否が応にも未来という結果を引き寄せるものとなります。
真実の愛、忘れないでほしい、あるいは自分も忘れたくない、そんな感情を容赦なく雨は打ち付け散らしていきます。

そんな花雨が散らす勿忘草の花弁もまた“花雨”。

季節が移り、散り落ちた勿忘草という感情の花弁は、しかし土に埋もれるでも風で飛び去るでもなく、その心に感情の証を残します。
「君が好きだ」「忘れたくない」「忘れられたくない」と強く想い続けたことそのものが、心に加護として残り続けるのです。強く純粋な感情が、未来へ向かう「僕」自身の御守りになるのです。

「茜」では「『君のことが好きなんです』と夕焼け空に溶かしてみる」と心の扉を閉ざし、振付においても一度は晒した激情を再び心の奥底に閉じ込める様が表現されていました。

一方「勿忘草と花雨」の最後のフレーズは「君の心に触れた瞬間、僕は君に恋をした」。これは冒頭のフレーズの繰り返しです。
心の中で感情を剥き出しにしながら、思い出を辿り、その感情を言葉にし、最後にもう一度その気持ちを確認しています。すなわち冒頭と締め括りを飾る全く同じこのフレーズこそが、唯一つ揺るぎない真実なのです。
その想いを再確認し、自分の中で確かなものとしたことが心の「御守り」になったとも言えるでしょう。

そんな御守りを得た「勿忘草と花雨」の主人公には、想いを確かなものにしたことで、さらにその先に続いていく物語があるように感じられてなりません。これで終わりじゃない、まだ綴るべき物語があるはずです。

この曲は、未来に向かう「僕」、あるいはそれを演じる今のtipToe.に宛てた贈り物なのかもしれません。

ところで、楽曲のリズムトラックやピアノアレンジからは「僕らの青」を彷彿とさせるものがありましたが、歌詞にもそのままフレーズとして登場していました。
「僕らの青」という曲は、逃げてばかりではダメだとわかっていながらも変わってしまうことを恐れ、進もうとはするけれども割り切れないまま時間に追い越されていくような物語が描かれています。(「茜」もですが、1期では他の曲たちと結びついて結末へと向かっていきます)

「勿忘草と花雨」にある「あの日のような春風が/さらっていく、僕らの青」というフレーズ、「僕らの青」に描かれたような感情すべてなのか、それとは別にしても残酷なまでに青い今見えている空のことなのかはともかくとして、この「あの日のような春風」から連想される曲がありますよね。そうです、「My Long Prologue」です。

tipToe.の登場人物たちって、具体的にはなんだかよくわからないけども、ステージに立って歌うことを全力でやっている風なことが折に触れて描かれている印象があります。ラブライブですか？

「My Long Prologue」には「そうだほら、始まりだったあの日も/今日のような風が吹いていた」というフレーズがあります。この曲はその表側に立つ立場からの歌なのだと思う一方で、その風が同じものだとするならば、その内側で渦巻く物語が「勿忘草と花雨」である、いわば“裏My Long Prologue”なのではないかと思えてきます。気持ちに気付いてそれを確かなものと自覚するっていう流れもひとつの「My Long Prologue」と言えるでしょう。

「あの日仰いだ青空がいつも背中を押す」と歌われた青空が、風にさらわれた「僕らの青」でもあるのかもしれません。背中を押してくれるけど、わかっているけど、それでも、という葛藤が見えてくるような気がします。

制作および初披露の時期的には1期の「僕らの青」のポジションに相当する楽曲ですが、そこに連なる「茜」も含め、それよりもさらにマインドが進んでいる楽曲という印象です。

特典会でこの曲について話していた時、あいりちゃんがこんなことを言っていました。

「この先、何年、何十年経ってからこの曲を聴いたとしても、今日ここで歌った時の気持ちに戻って来られると思う。」

この曲を通して表現した感情が彼女にとって、生涯心に残る御守りになったと受け取ることもできます。

彼方あおいさんはこれまでもtipToe.に数々の名曲を提供してきたことで知られていますが、本作はこれまでよりずっとtipToe.との精神的な距離が近いところで書かれたような、もっと感覚的に融合したようなところで書かれたような曲であるように感じます。シャーマンキングで例えるなら甲縛式オーバーソウルってとこでしょうか。(違うような気も)

「僕らの青」のような重々しさがありつつも、tipToe.らしいキャッチーさも兼ね備えた新境地ともいえる曲。

初披露の時点で「彼方あおいさんが書いたtipToe.の曲」として、これまでで1番好きな曲になりました。

初見で涙腺を抉ってくる破壊力。なんと言ってもそれを最初から完成系でステージに持ってくるメンバーの卓越した表現力が無ければ、そもそもお披露目自体不可能な曲だったと思います。

同じ時間を過ごした人達の心に強く刻まれるであろう、至高の名曲が生まれました。

勿忘草の開花時期は3月から6月。現体制が終わるのは来年の6月ですね。

きっと“その日”を越えても心に遺り続けて加護をもたらしてくれる、そんな曲です。

104 めいこ

猫が、ましてや天国に旅立った猫がブログなど読もうはずもない。今の気持ちとか残せるものだけ書き残す。

母の勤め先の人が「ベランダに落ちてきた」と言って「猫いるでしょ？引き取ってよ」と連れてきたのがめいこだった。

どんな経緯だよと思いながらもうちの先住猫と折り合いがついたので家族の仲間入りを果たした。2007年の初夏。
その時点で生後1ヶ月くらい、推定5月生まれなことから「めい」と名付けられたがもっぱら「めいこ」と呼ばれ続けていたのでそっちが正式名称になった。

野良上がりだからか警戒心が強く、かつ食への執着心がとても強い。美人顔だがでかいダミ声で鳴くというギャップも持ち合わせている。
抱いてもすぐに嫌がり降りてしまう、寝ていても近づくだけで目を覚ましてしまう、そこらじゅう冒険しまくっている(家の中だけ)、餌皿は2つあるのに先住猫の食事を遮って横取りする(片方の猫を抱き上げて別のエサ皿の前に置くと2匹で仲良く食べ始める謎システムがあった)、家中の食べ物を物色する(例えば食パンを買ってきて置いておくとビニールを破ってかじる)といった、おてんばかつ悪戯ばかりしている子だった。

撫でられたり抱かれたりするのが好きじゃないらしく、撫でると鬱陶しがられるし抱き上げるとすぐに暴れて降りようとする。
ただ噛まれても全然痛くないし、噛んだあとなぜかペロペロと噛んだところを舐めてくる。軽くてひょいと持ち上がるので、時々肩までかついでは家中をうろうろと歩き回って冒険させた。この時は大人しく、止まってしばらくすると降りたがるのだが、降りるとしっぽをブンブン振って嬉しそうにしていた。

朝には自室のベッドにやってきて、枕元を歩いて(時には飼い主の顔を踏んで足場としながら)ロールカーテンの隙間から朝陽があたる窓のサッシに登るのが好きだった。これは秋冬くらいに多かった。
ロクシタンのファイブハーブスのヘアオイル(現在は廃番)が好きらしく、頭につけていると頭皮をかじりにきたりもした。

晩年は食べたものがすぐ出てしまい、またすぐにお腹が空くということを繰り返していた。当初医者の話では脳下垂体異常で満腹感が得られないとのことだったが、亡くなる前日に診た医師からは糖尿病だった可能性もあると言われている。何かが違えばもっと早く打てる手があったようにも思うが、今その話をしても仕方がない。

病気や障害があるなりに食欲が凄まじかっためいこは、この1週間くらいで急に食欲が無くなってしまった。

最後に確認した食事は10月30日だろうか。全然食べないので、手からおやつカリカリ(柔らかくて美味しいやつ)を食べさせたところ、起き上がって皿に入った残りを食べだした。その間にも普通の食事に口をつけてはいたかもしれないが、そのシーンは見れていない。

前週くらいから体調を崩していたようで本来は月曜に病院に連れていく予定だったが、土日に元気になったような様子を見せていたので一旦は見送りになった。
しかし大きな目ヤニとゼリー状と多量の涙が出始めたことから、同居の母親と休みが合う水曜(11月1日)に病院に連れていくことにした。
いつものダミ声はなりを潜め、か細く鳴くばかりでただただ心配が募る。(一時は水を飲んだあとダミ声が復活したりもした)

この時に血液検査をおこない、腎臓病・肝臓病、そして糖尿病の疑いについて指摘された。体温も低いという。
一方で老衰によるものとの見解もあり、年齢的に仕方のないことだとも言われていた。今年を越せるだろうかと帰りの車中で母と話し、症状に合いそうなエサや猫用の経口補水液を買い込んだ。

帰ってから、一切の食事をしなくなった。
時々水を飲むが、食事を口に入れてくれない。ちゅ～るにすら見向きもしない。経口補水液をスポイトで飲ませようとしても出してしまう。
その上かまっているとどこかへ立ち去ってしまおうとする。濡れるのが嫌だったくせに人がシャワーを浴びたあとの浴室の床で寝てしまうなど、不可解な行動が目立った。
歩き始めても数歩歩いては横向きにパタンと倒れ、そのまま横になっているという状態。脱水のためか目はくぼみ、閉じなくなっている。瞬きがない。舌も出さない。

体が冷たいので母がバスタオルで包んでしばらく抱いていた。
それを見てユニクロのウルトラライトダウンを持ち出し、さらにそれで包んで交代した。ウルトラライトダウンで相当暖かくなったらしく、ソファーの背にもたれながら抱え、体を自分のお腹の傾斜に乗せる形でしばらく暖める。途中で上半身を捻って抜け出そうとするが、その時に頭が自分の肘の裏に乗ったのが気持ちよかったのか、そのままくつろぎだす。
そうやってしばらく暖めてはいたものの、やはり最終的にはどこかへ行こうと抜け出して行ってしまった。

居座ろうとした風呂場に湯船用の保温シートを敷き、タオルをかけてやる。
そうしながら何度かエサやりを試みるもその度により寒いところに逃げ出してしまうので、結局はダンボールにベッドを作って風呂場の保温シート上に置いて寝ることに。
もう明日かもしれないと直感的に思い、寝床についてからボロボロ涙を流した。

朝5時に母に「めいこいない」と起こされ、家中を探し回った。そんなところにいるはずがないだろうと思うところまで徹底的に探したが見つからなかった。
明け方に台所で見たとは聞いていたが、あんなよたよたな状態でどこに隠れるのだろうと逆に感心してしまう。
猫は死期を悟ると人目につかない所に去ると言われる。死に様を見られたくないのかもしれない。結局見つからず、元気になれば水でも飲みに出てくるだろうし、眠気も限界が来たため再び眠ることにした。

8時に起きて改めて探すことにした。5時の捜索でも1度見たところを再び探す。その時は「ここには入れないだろう」と断じていたところに試しに腕を突っ込むと、毛の感触があった。ついに見つけた。まだ息がある、良かった。
仕事に出かけている最中や、見つけられないままに死んでいたらと思うとやりきれない。
気が気じゃなかったし、仕事なんてできる気がしない。仮病を使って休みをもらった。

目やにがついていたり、体が臭くなっていたのでタオルシートで拭いてあげた。水は持ってきたが飲まない。傍らにまたたびを置くも興味を示さない。またたびは猫に軽い多幸感を感じさせるというので、香りだけでもと思い近くに置いた。
母の勧めでしばらくは本人の意思を尊重してそのままにしていたが、突然ビクビクと全身を痙攣させだした。何度も声をかけながら撫でているとやがて収まり、呼吸も確認した。それもあって、時々寝ていた猫用ベッドに乗せることにした。

目が閉じられないので、遮光カーテンを使っている自室のベッドに猫用ベッドごと運ぶ。暗くなるように天蓋のようにバスタオルをかけて、ゆっくり休めるようにした。

時々手だけ動かすも、ほとんど動くことがない。もうこの時点では嫌がって立ち去ろうとするにも、立ち上がることすらできなくなっていた。
変に移動することはないだろうと思い、また見られたくないという意思もあるだろうと感じ、快適な環境になるよう散らかりすぎている部屋の片付けをはじめた。
片付けをしながらも何度か自室に戻り、呼吸があることをこまめに確認していた。

母が「干潮が13:00だからそれまでもてば…」と言っていて何のことかと思ったが、動物は生まれる時は満潮、死ぬ時は干潮が多いのだという。

13:00ちょうど、洗濯物の黄ばみ取りをしていた時に遠くからか細く鳴く声がした。
気のせいかもしれないレベルだったし、それまでの声量では自分のいる場所まで声が届くはずもない。
それでもめいこの声のような気がして自室に駆け込むと、さっきまで動いていたお腹が動いていない。首を手で持ち上げても反応がない。剥製のように首の体が一緒に持ち上がる。息を引き取ったのだとすぐにわかった。

抱きかかえると未だに体温が残っている。手足の硬直がはじまっていたが、あの鳴き声はやはり最後の最後に呼んでくれたのだとしか思えない。

体調を崩す少し前、台所にいためいこを撫でてみると、頭をソコジャナイ感を出して動かしながらも、珍しく離した手に頭を擦り付けて求めてきた。しばらく撫で続けるとゴロゴロと喉を鳴らし、その場から動かなかった。本当は撫でられるのが嫌なのではなく、撫でられるのが下手すぎたのだとそこでわかった。本当は甘えたかったけどすごく不器用なんだなと16年も経って気付いた。
とはいえ甘えてきたのはそれが最初で最後であり、死期が近いことを悟っていたのかもしれない。
一緒に寝ることは無かったけど、仕事で出ている間は自分のベッドで寝ているようだった。

死ぬ時は隠れていたかったのかもしれないけど、最後の最後は知らせてくれて本当に良かった。看取ることができて本当に良かった。そう思う。
死を確認してすぐ、抱きかかえた亡骸に向かって、ボロボロと涙を流しながら、この家に来てくれてありがとう、快適な家じゃなかったかもしれないけどこの家に一緒に住んでくれてありがとう、気付いてあげられなかったこともあってごめん、みたいなことをずっとめいこに言っていた。

めいこが発見されたらすぐ帰ると言っていた母は間に合わず、帰路に電話で連絡を入れた。その頃にはめいこは、抱きかかえるとうなぎのようにするする逃げるしなやかだった体がまるで嘘のように、剥製のごとく各部が固くなってしまっていた。

ダンボールとタオルで仮の棺を作り、近所のコンビニで花を買ってきて、天国でお腹を空かせないように好きだったおやつを添えた。
声を出す度に涙が溢れそうになるのを堪えながら葬儀屋を探しすぐに電話をかける。事務的な話なら淡々と言えるがが、「うちの子が死んで」とその事実を口にする度に嗚咽が漏れてしまい、その後も何かにつけてボロボロと涙がこぼれていった。

自宅の脇で火葬車による火葬をおこなった。
焼け残るものの兼ね合いから、仮の棺から出して花とおやつだけを添え直した。
本当に最後の最後のお別れの時間、もう一度同じような内容をめいこに語りかけた。その顔を見るだけで涙と嗚咽が止まらなかった。このお別れの時間を永遠に続けていたかったけど、それでもこのままじゃ何も進まないからと程々に切り上げる。めいこは鉄扉の中に吸い込まれていった。

焼いている間はほぼずっと泣いていた。前日の夜から何かにつけて泣いていて、言葉になる感情よりも圧倒的に早く涙が出てくるのも、こんなにずっと泣いてるのも初めてだった。
火葬車から立ち昇る煙が、琵琶の木の葉をやわらかく焦がしていた。

火葬が終わり、母と共にお骨上げをした。最後の最後に何もしてあげられることがなく見守ることしかできなかった状況で、せめて最後にしてあげられることだからと葬儀内容は自分の一存で決めたのだが、お骨上げまではと難色を示していた母も最終的には自らその場に立ち会った。

小さなしっぽの骨、指の骨、爪の骨、尾てい骨、頭蓋骨。
分骨用のカプセルをキーホルダーとしてもらえるサービスがあり、指の骨を入れさせてもらった。この頃には目元がすっかり乾いていた。

納骨を終え、骨壷を受け取って葬儀は終了した。

ほんの1ヶ月前までドタバタと走り回ってはエサをくれとわめいていた姿、ほんの1日前まで聞いていた鳴き声、ほんの数時間前まで感じていた体温、ほんの数十分前まで撫でていた毛、そのすべてがもう無くなってしまった。
本当は亡骸をそのまま手元に置いておきたかったくらい、その姿と永遠に離れることが本当に辛かった。

おてんばで悪戯好きだけど、本当に可愛いやつだった。不器用なツンデレだった。
何の因果かこの家に来てくれて、共に16年も過ごしてくれて本当にありがとう。仕事で家に誰もいない時間も多くて寂しかったかもしれない(先住猫はいるにせよ)。良い飼い主とは言えなかったかもしれない。それでもめいこがいない日常なんか受け入れられる気がしなくて、それくらい当たり前になるくらい大切で愛おしい子だった。一緒にいられて本当に良かった。最後もちゃんと呼んでくれて嬉しかったよ。ありがとう。

もう痛くも苦しくもないよ、お疲れさま。
天国ではいくらでも好きなだけ食べて満足していてほしいな。

103 コミュ障にもいろいろある(自分の話は無価値型、の場合)

物心ついた頃には父親も祖父もおらず、家族の集まりと言えば母・祖母・叔父夫婦という感じであった。

このうち母・祖母のコミュニケーション能力はなかなか悪質で、人が話してる最中にそれを遮ってまったく関係のない話題を話しはじめる。なんなら母に至っては興味が無い話には相槌すら打たず自分がしたい話を勝手にはじめることさえある始末だ。
叔父は慣れているのか、ある程度話を聞き終わると「それでさっきの話だけど」と何食わぬ顔で話を再開するが、自分はといえば幼少の頃から何度となくこのように話を遮られ続けてきた上に、歳の近い兄弟や親戚もおらず、また大人のする話は仕事だったり地域の知り合いの噂や悪口がほとんどのため話題に入れることもない。加えて変にプライドが高い子供だったので(今もだが)、話を聞かれないことに拗ねたと気付かれて「なになに？」とその場の全員がこちらに注目してくると、余計に何も話したくない気持ちが強まり、そのまま押し黙ることがほとんどだった。そうまでして話を聞いてもらう惨めさに晒されてまで話したいことなど何も無かった。

結果として、人格形成が完了するよりも前に「自分がする話は誰も聞いてくれないもの(＝無価値)」という価値観が確立される。そしてそれゆえか、自分から人に話したいことは何も無くなってしまった。自分の話とは人に聞かせる(ほど価値のある)ものではない(と認識している)からだ。

だから昔から対面ではそんなに口数が多くないわりに、ブログやSNSでの独り言がめちゃくちゃ多い。バカみたいに多い。長い文章が好まれないことは知っているが、それでもつらつらと長ったらしい言葉を書き続けている。何の気なしに書くブログ記事やツイートは、自分にとってはもはや発汗・くしゃみ・涙・排泄といった、体内のものを体外へ排出する系の生理現象に類するものかもしれない。

人が読む場所で書きたいが、特定の誰かに向けて話したいとは思っていない。たぶん他人に話したい欲求は人並みにあるのだが、話す対象を永遠に見失っている状態である。仮に誰かに「自分には話していいよ！」と言ってもらえたとしても、特定個人に向けて話す話題とそうでない話題は脳内でオート振り分けされており、雑談に分類されるものはすべて後者に振り分けられている。振り分け時に「そんな中身のない話をしてどうする」で後者行きになるため、結果として「何を話していいかわからない」で終わってしまう。話せと言われても話せない。無理に捻り出したとしても雑談の経験値が低すぎて、自分発では安定した会話の成立がほぼほぼ無い。中身のない話をして悪いはずはないのだが、それをそつなく片付けることができない。ぎこちない雑談は気まずさを残すだけで何も生まないし、そうとわかっているものを自ら仕掛けるほど会話というものにモチベーションを持てない。

したがって一方的に喋ってくれる人の存在にはとても助けられている。仕事柄話を聞く訓練は継続的にしているので、聞いて打ち返すことなら人並みにできる。おれは人に話したいことなんか何も無いから、君が話したいことを好きなだけ聞かせてほしい、という気持ちである。
つまり人任せも甚だしく、自発的な会話がままならないということでコミュニケーション能力のレベルは控えめに言って不燃ゴミ、前向きに捉えたところでせいぜい棚の隙間に落ちて取れなくなった画鋲くらいなもの。そういうタイプの社会不適合者だ。

自分から話ができる人はすごい、おれは自分から話しはじめることができない*1のですごいなと思っていたのだけど、おそらく大半の人は自分の話を聞いてもらえる土壌で育ち、聞いてもらえると信じられているから自分から話し始めることができるのだろう。それゆえに人の話もちゃんと聞ける、当たり前のコミュニケーションが取れる人としてちゃんと育ってきた。ということに気付く。自分はというと、人の話を聞くスキルは元々持ち合わせていなかったため、仕事のために日々勉強している。

客商売、とりわけ今コールセンターという仕事を長いことしてきて、ぶっちゃけ「なんでこうお客様は自分の話を聞いてもらいたがるのだろう、傲慢じゃないか？」とわりと最近まで思っていた。話なんて聞いてもらえるものじゃないのに、なんで話を聞いてもらえること(≒自分の気持ちに寄り添ってもらえること)を当然と思っているのか、それを過剰に求めてくるのか不思議だったのだけど、それが普通であるらしい。話を聞いてもらえていないと思うと怒り出す。ああ、それ怒ることなんだ……とカルチャーショックを受ける。話を遮らず最後まで聞いて、恐れ入りますがとか申し訳ないんですがとか無闇矢鱈に謝辞を挟み込んで話していれば炎上しない。

仕事のスキルは着実に磨かれている。上司や同僚のアドバイスを受けながら人の話を聞くスキルは少しづつ高まっている。しかしそれだけ人の話を聞いても、じゃあ自分の話は誰が聞いてくれるんだろう、なんでこんな必死こいて人の話を聞こうと努めているんだろう、と自身のスキルアップに虚しさと寂寥感を覚える今日このごろの午後。

*1:やってる時はかなり気を遣っているか無茶しているかよほど相手が好きでめちゃくちゃ頑張っているかのどれか。

102 これ「いまゾーンB、そっちは？」の感想、そっちは？

きのホ。全国“音楽劇”ワンマンツアー「いまゾーンB、そっちは？」千穐楽、東京キネマ倶楽部公演を観劇しました。

演出はヨーロッパ企画が担当。もうそれだけで、生半可じゃないガチクオリティの音楽劇公演をやるのだという意思表明と受け取れる。そのうえ全公演がバンドセットときたもんだ。金のかけ方がハンパじゃない。
少なくとも普段数百人キャパのライブハウスで精力的に対バンをおこなっているライブアイドルグループの金のかけ方じゃない。プロデューサーの新井ポテト氏は明日から路頭に迷うのではないだろうか？ひとつの壮大な伝説を残すために人生を投げ打ったのか？……そんな心配も素で沸き出るほどに豪勢なステージがそこにはあった。*1

今回のツアーに先駆けてリリースされた2ndアルバム「リビングデッド」、そしてタイトルに含まれる「ゾーンB」。誰がどう読み解いても「ゾンビ」を連想させるこの物語は、観客のいないライブハウス「ゾーンB」で繰り返しライブをおこなうアイドルグループ「ぶれえめん」と、ゾーンBの管理を担う不動産会社の営業マンとの偶然の出会いからはじまる。

千穐楽公演についてはYouTubeにて無料配信がおこなわれているため、当日観れなかった方もこれからきのホ。を知る方にもいくらでも出会ってほしいのだが、ここから先はある程度のネタバレを含む内容となるため、まだ観れていない方はご注意いただきたい。

某所にあるライブハウス「ゾーンB」では、観客が1人もいない中でアイドルグループ「ぶれえめん」が連日ライブをおこなっている。
連日観客ゼロのライブに、リーダーである「みり」(小清水美里)を除くメンバーはみな嫌気が差しており、ぶれえめんはモチベーションの限界と共に解散の危機を迎えていた。

そんなある日、パワハラ上司に押し付けられた仕事でゾーンBに訪れたゾーンBの物件を管理する不動産会社の営業マン「こはる」(小花衣こはる)は、そこで思いがけずぶれえめんの面々と出会ったのだった。
自身もかつては音楽を志したこともあると話に花を咲かせるこはるに、上司から着信が入る。こはるが暴言混じりに仕事の進捗を尋ねる上司にゾーンBでアイドルに出会ったことを報告すると、上司は声色を変えた。
聞けば、ゾーンBはかつてライブ中の事故により出演していたアイドルグループのメンバーが死亡した“事故物件”だというのだ。

上司は「見えているし話せている」という理由で、物件売却のために彼女らの除霊をこはるに強要する。
一方、こはるはそれまで死の自覚が無かった「くる」(御堂莉くるみ)や「らね」(桜寝あした)にニュース記事と共に真実を伝え、彼女らが成仏できず現世に留まる理由を「満足のいくライブができなかったから」と指摘する。
そして自身の仕事のため、そしてぶれえめんの往生のため、生者の立場から彼女らに協力することになったこはるは、物言わぬ「みこ」(御守ミコ)の無言を意に介さぬ強引なみりの提案により、ぶれえめんの新メンバーとして迎えられることになる。
かくして死者と生者が混在する世にも奇妙なアイドルグループの活動がはじまるのであった。

以上が本作冒頭シーンのあらすじである。感想を書くにあたり、ここまでを承前として書く必要があったことをご理解いただきたい。
というのも、まず唸らされたのが“事故物件のライブハウス”という舞台設定自体に仕込まれたギミックだったのだ。

ところで、まず“演劇”とは何だろうか？“観劇”とは？
脚本が用意され、人間が与えられた役を演じ物語を紡ぐ。果たして映画やテレビドラマと何が違うのだろうか。

アイドルのライブに通っているのならば、現場で観ることとライブ映像を観ることの違いはなんとなくわかるだろう。演劇を生で観る、すなわち“観劇”と、映画やテレビドラマといった映像媒体の作品との違いは、それをより際立たせたものであると言って差し支えない。

前衛音楽家であるジョン・ケージの有名な作品「4分33秒」という楽曲をご存知だろうか。以下は当該楽曲のWikipediaにおける解説である。

楽譜では4分33秒という演奏時間が決められているが、演奏者が出す音響の指示がない。そのため演奏者は音を出さず、聴衆はその場に起きる音を聴く。演奏者がコントロールをして生み出す音はないが、演奏場所の内外で偶然に起きる音、聴衆自身が立てる音などの意図しない音は存在する。沈黙とは無音ではなく「意図しない音が起きている状態」を指し、楽音と非楽音には違いがないというケージの主張が表れている。

すなわち、奏者がステージに居るにもかかわらず何も演奏されないことに対する観客のどよめき、衣擦れや座席の離着、人の出入りや咳払いといった個々の行動に付随する多彩な物音、4分33秒の中で起こるそれらを「楽曲」としているわけだ。

観劇によって体感するいわば“演劇体験”というものは、これに非常に近いものがある。

一般的に、演劇は舞台の上で演技がおこなわれて、観客はそれを観ているという構図だと思われている。が、事はそんなに単純ではない。最前列にいようが中列だろうが後列だろうが、自分以外の観客の存在を無視することはできないのである。
すなわち、誰かが物を落とした、咳き込んだ、携帯が鳴った、遅れてきた客が自分の前を通って自席に着いた、など、舞台上で起こることとは関係のない“ノイズ”の介入を避けられないのだ。それらはほとんどの場合、迷惑であったり気にしないように努めるものであったりするが、だからこそ面白いと言える側面もあるのが“演劇”というコンテンツだ。

かつて「犬と串」という劇団が複数劇団による短編オムニバス公演で上演した「OCEAN 〜失われし七つの秘宝〜」という“演劇初心者たちによるトラブルだらけのボロボロの演劇公演”をコミカルに描いた作品では、遅れて入場してきた観客に演者が集中力を乱される(という演出の)シーンがあった。入ってきた時こそ迷惑客かのように思えたが、その観客が程なくして「私は小劇場を応援しているんだよ」と宣いながらブブゼラを吹き始め、これもまた演者であり演出なのだと(本当の)観客は理解する。舞台の上のみならず、舞台の先の客席にまで演出の幅を広げた爆笑の傑作だった。

上記は極端な例ではあるが、もっとシンプルな話で言えば、コメディなどの笑いを取るジャンルやお笑いライブであれば会場のウケ具合に雰囲気が左右されるとか、そういう話である。
お笑いライブだと客席で起こった些細な出来事を目ざとく拾ってイジり笑いを取っていたりもする。こういうアドリブが1番ウケたりすることもあり、これはまさにライブ感というやつだ。

今回の「ゾーンB」でいえば、客席側に本来の演劇とは大きく異なる特徴がある。
それは、観客のほとんどが“アイドルのライブを観に来ている”こと、“公演内容に普段ライブハウスでおこなわれるような音楽ライブが含まれる”こと、そしてそれゆえに“ペンライトなどの持ち物が常に手元にある”こと。それが何を意味するかといえば、通常の演劇公演ほど「観劇マナー」なるものが徹底されていないということだ。

自分が観ていた場所は下手の中央よりやや後方のエリア。真後ろが演者の動線となっているため通行時には気配を感じたり、大きな咳払いが聞こえたり、会場の入口側で誰かの携帯が鳴っているのが聞こえたり、後ろからペンライトを落とす音が聞こえたりした。
観劇を趣味としている人が少ないと思われる客層や、ライブを織り交ぜる公演のスタイルからすれば、静かな演劇パートであってもこうしたノイズが発生することは防ぎようがない。なんなら十中八九起こるものであると想定するのが自然と言えよう。

そこで活きてくるのが“事故物件”という設定なのだ。事故物件なのだから、そこら中で脈絡のない物音がしたって何もおかしいことはない。
なんなら下手側の席からは上手側の出捌け口が見えており、袖を移動する人影がチラリと見えることが何度かあった。本来であればそこが隠されないのは舞台制作上の欠陥なのだが、事故物件なんだから何の脈絡もなく人影が視界を横切ったりもするだろう。

つまり、現場で実際に起こる脚本外のノイズがすべて“事故物件”という設定により世界観に組み込まれることになるのだ。これにより、観劇している自分自身が事故物件の中にいるかのような気分となり、ともすれば集中力への妨げにもなりかねないノイズが、ひとつ残らず物語への没入感を補助する演出に成り代わってしまった。設定と空間により、東京キネマ倶楽部の会場内は“完璧”な状態に仕上がったのだ。

しかしいくら舌を巻くほどの素晴らしいアイデアで演出されても、これは役者に客演のいないアイドルグループ「きのホ。」のワンマン公演、演出が骨ならば主役である彼女らの演技とパフォーマンスこそが肉だ。たるんだ肉では口あたりも悪かろうが、蓋を開ければただただ旨味がぎっしり詰まった舞台がそこに立ち上がっていた。

各人の演技力はアイドルと侮れないほどに磨かれており、なおかつ個々の個性をありありと魅力的に描き出す脚本により、メンバーは普段アイドルとして見せている姿そのままに見事にキャラクタライズされていた。
今となってはタブーな話もあるのだろうが、デビュー当初からきのホ。はコミカライズや独特なプロフィールによりキャラクター性を打ち出すことを意識的におこなっており、“推し”を作り出しやすいプロダクトとなっている。
昨今は“推し活ブーム”などとも言われており*2、メンバーの個性を強くアピールする戦略は時代に適しているようにも思えた。この積極的なキャラクタライズは、2010年代前半にブレイクした当時のでんぱ組.incを彷彿とさせるものがある。

主演を務めた小花衣こはるは尖った個性を演出されたわけではないものの、それゆえに圧倒的な主人公として確固たる存在感を示した。尖った個性や事件に翻弄されるぶっちぎりの“一般人感”は、観客の主眼に同調し物語へと意識を導いていく。安定した演技に抜群の歌唱力を備え、その歌声は物語のきっかけにもなっている。主演女優として最高の仕事をしたと言って差し支えはないはずだ。

死者側の面々を引っ張っていた小清水美里の役どころも絶妙だ。ぶれえめんの中で果たすべき役割、その裏で見せる顔の使い分け。前者でいる時の明るく痛快なキャラの印象が強く、要所要所で登場する後者の顔から受けた印象を折に触れて巧みに覆い隠す。それが後々効いてくるのだ。そんな物語のキーパーソンを見事に演じ切っていた。

普段のキャラが色濃く反映された他の面々も、その個性を強烈に引き出されている。

アイドルらしい可愛さと獣が宿ったような攻撃的なカッコよさの二面性を持ち、正反対ないずれのスタイルでも極上の歌を聴かせてくれる御堂莉くるみは、演技においてもその二面性をコミカルに演じ分ける。
さらにはその二面が混在することにより逆に“素直”という本質が描き出されるまでに至り、物語を通して「翠くるみ」を絶妙なバランス感覚をもって魅力的なキャラクターに仕上げていた。

刺々しさと姉御肌のような隠しても滲み出る面倒見の良さで物語を牽引したのが桜寝あしただ。その血の気の多さはメンバー内随一であるが、一方でノリ良く可愛くも面白くも立ち回れる器用さを併せ持つ。
シーンごとのメリハリのあるキャラの使い分けが見事で、さらに失敗したらすべてが総崩れになるほどの難しい台詞もさらっとこなし、卓越した演技力を見せつけてくれた名女優だ。

アーティスティックな才能が目を見張る御守ミコは、序盤は少ない口数と並々ならぬオーラを纏った眼差しを伴う強烈な無言で、ミステリアスかつ只者じゃないキャラクターを演出。それでいて終盤に差し掛かると、それまで積み上げたキャラを室伏の砲丸投げよろしくぶん投げてキャラ変するという、生半可にやるとサムくなりかねない難しい役どころをビシッと演じ切っており、彼女だからこそできる役柄を見事に務め上げた。

5人が演じるぶれえめんは様々なトラブルを乗り越え、ついに最初で最後のワンマンライブを敢行。メンバーのほとんどが死者でありながら、生者の観客によりチケットがソールドアウトするという盛況ぶりだ。

ところで、演劇には“第四の壁”と呼ばれる概念が存在する。これは舞台と客席を隔てる見えない壁のことで、観客は第四の壁を隔てた別世界での物語を鑑賞することになる。原則は不可侵とされるものだ。

他方、アイドルのライブといえばフリコピやコールなど、ステージとフロア双方で作り出す一体感や熱量が魅力のひとつだろう。この相反する特性を絶妙にいなし、第四の壁を切り崩す演出が素晴らしかった。

この作品では途中に10分程度の休憩を挟む。この休憩のタイミングというのが、ぶれえめんワンマンライブの開場後なのだ。
すなわち、事故物件という舞台設定により精神的に没入していたわれわれ観客は、この休憩時間から突如として“ライブハウス「ゾーンB」”の場内で開演を待つ“ぶれえめんの観客”の役を与えられたのだ。あまりに鮮烈な演出だった。
その間にトイレに行こうがスマホをいじっていようが、何をしてもわれわれは開演を待つぶれえめんの観客に他ならない。休憩が開ければライブがはじまることを誰もが理解しているのだ。
“劇場”として機能していたその場所は瞬く間に“ライブハウス”へと様相を変えることになり、第四の壁の先にいた観客もオセロの駒のように“登場人物”へとその役割を変えた。
ライブ中のMCもあくまで「ぶれえめん」としておこなわれており、劇中にいることをありありと感じさせてくれる。

しかしライブの終わり、突如として舞台と客席は再び第四の壁によって分断される。だがそれこそがまさに、ぶれえめんのライブの結末、因果の結果なのだ。

そして辿り着くこはるの最後の台詞。このフレーズのためにこれまでのすべての物語が紡がれてきたと心から理解できる極上の爽快感。
何もわからないところから、舞台、台詞、衣装、音楽、照明……次々と現れる様々な情報を積み重ねることで、観客は物語の全像を捉えていく。いくつもの物語を積み重ねて積み重ねて、結末に辿り着いた瞬間のカタルシス。これこそが演劇の醍醐味だ。

なお、この公演では音楽はすべて生演奏である。転換中の音楽さえもきのホ。楽曲のインストという徹底ぶり。しかもバンドを携えて全国を回っていたというのだから力の入れ具合はハンパじゃない。

アイドルとして本気のライブをやる、俳優として本気の演劇をやる、その両方を妥協なしでやり遂げた奇跡のような“音楽劇”がこの「いまゾーンB、そっちは？」だ。

ライブに関して言えばパフォーマンスの水準が非常に高いきのホ。のこと、言うまでもなく素晴らしい熱量と一体感に熱狂し、細部まで徹底的に練り上げられた演劇パートは重厚な物語が心ゆくまで堪能でき、最高のライブを観た後の感覚と最高の演劇を観た後の感覚を両方とも味わうことができた。
どちらか単独だって本当に良いものに毎回巡り会えるわけではない。ましてやジャンルの垣根を超えたハイブリッドな作品は、ともすれば片手落ちになりかねない難しさがある。それを超えて両方で最高打点を叩き出す作品なんて、数年に1度観れるかどうかだろう。なんなら後にも先にも無いようなものが観れたとすら思える。

惜しむらくはダブルカーテンコールが無かったことくらいだろうか。しかし何度も拍手で迎えるよりは、特典会で感想を伝える時間のほうが優先されて然るべきだろう。きのホ。はアイドルグループだ。

2023年に必ず観るべきライブのひとつに立ち会えているという実感が、観劇しているあいだ常にあった。主現場ではないが、それでも間違いなく現時点で今年のベストライブはこれだと言える。
なんせ観終わったあとプロデューサーの懐を心配した現場なんて初めてだ。

p.s.

これ書きながら家の前に着いたら、誰もいないはずなのにすぐ近くから変な男の声が聞こえた。そっちは？

*1:当然のごとく赤字である旨は公表されており、クラウドファンディング的な「支援型パンフレット」が販売されている。

*2:個人的に、それは心から来るものであるため、推すという行為をブーム(一過性の流行)と呼ぶことには違和感を禁じ得ない。

101 都市の幽霊から愛を込めて？

airatticの新体制が始動する。

現体制終了とか新体制とか、まめに告知をしているわけだが、業界でありがちなメンバー脱退による体制終了と補充ではなく、さらなる表現の追求のために既存のメンバー＋新メンバーを増員するという形で新シーズンをスタートさせるという趣向だ。

デビューから現在までの4人編成による第1シーズンは6月11日のライブ出演をもって終了した。
2週間弱の準備期間を経て、新体制は6月23日に始動する。

今回は、このインターバルを使ってairatticというグループが内包するいくつかの物語について紐解いてみようと思う。

・airatticというグループについて

「モラトリアム、都市、平熱、20代」をモチーフとしたアイドルグループ。
ギターロックやエレクトロニカを中心としたサウンドを持ち味としており、モラトリアムを生きる中で渦巻く憂鬱や激情を叩きつけるロックバンド然としたライブパフォーマンスをおこなう。
前後の曲同士をバンドがジャムるように専用の音源を用いて繋いだり、ギターソロに複数のパターンを用意したり、フロアの温度感に合わせてサウンドを変えていったりとバンドのライブ的な演出を取り入れるスタイルが特徴。
アイドルグループでありながらバンドそのもののような、美味しいとこ取りの熱量で数多のライブハウスを熱狂させている。

3月には1stアルバム「airattic」を発売。全面真っ黒のジャケットに加え、レーベル面や歌詞カードに至るまで黒一色で統一し、アーティスト写真すら掲載されないというアイドルとしては異例の硬派なロック・アルバムとなっており、楽曲に対する自信の高さを窺わせる。
事実、収録内容は1stにしてベストといった粒揃いのラインナップ。ライブのセットリストのような曲順も相俟って、目を閉じてヘッドフォンに意識を沈めれば眼前に熱気を帯びたライブハウスの光景が広がる、ハイボルテージな1枚だ。

・tipToe.との関係

共に合同会社SOVA第一事業部に所属するtipToe.とは(プロデューサーを本間が兼任していることもあり)姉妹グループにあたる。
tipToe.はメンバーの所属期間を3年間に限定し、その楽曲では架空の地方都市の高校で起こる3年間の物語を描いている。
airatticの楽曲世界はtipToe.と同じ世界線の延長線上にある物語であり、密接に関係があるわけでなないが、一部の楽曲においては共通の登場人物が描かれていたりする。*1

なお、airatticのオリジナルメンバーである神楽寧々は、元々はtipToe.の創設メンバーとして3年間の活動を全うして卒業した経緯がある。後にアイドル活動再開のために本間に相談し、これがairatticのプロジェクト始動の契機となった。

・環状線チルドレン

そして同日29日0時にairattic初の配信音源「環状線チルドレン/mixjuice」がリリースされます。「環状線チルドレン」はtipToe.「Cider Aquarium」「Silent Sign」主人公の2年後のお話です。予習オススメ。全部じゃないけれど時々クロスオーバーがあるのでお見逃しなくです。https://t.co/8OkYcVQWwh pic.twitter.com/cYHX2dGBGM

— 本間翔太 (@btrstaff) 2022年6月27日

tipToe.の「Cider Aquarium」「Silent Sign」の主人公の2年後の物語と公言されている、airatticはじまりの曲のひとつ。
作詞・作曲は当の「Silent Sign」を作曲した林直大だ。

実は「Silent Sign」の仮タイトルのひとつが「インビジブル」だったという話もある。airatticの「Invisible」にも同じ魂が流れているかもしれない。

仮タイトルシリーズ
"Letter"→"maybe"
"Silent Sign"→"透明少女"・"インビジブル"
"長い坂の途中で"→"エバーグリーン"
"特別じゃない私たちの物語"→"epilogue"

— 本間翔太 (@btrstaff) 2020年9月3日

奇しくも(というか意図的なのだろうが)都塚寧々＝神楽寧々がtipToe.を卒業した2年後にairatticはデビューした。

表では「元tipToe.の都塚寧々が参加する新グループのメンバー募集」という形で結成が発表され、裏では都塚自らプロデューサー本間へ「もう一度アイドルをやりたい」と連絡をしたことがきっかけとなり始動したプロジェクトだ。
コンセプト自体は元々構想されてはいたがきっかけが無く、都塚からの思いがけぬ逆オファーを機として動かしはじめたものだという。

こうした経緯を踏まえて、名を変え「神楽寧々」としてデビューした彼女に焦点を絞ることで見えてくる物語がある。

作家・本間翔太は楽曲に明確なストーリーを描き、折に触れて解説もおこなっているが、その物語は必ずしも架空のものではなく、メンバーという現実を生きる人間の像を落とし込み、空想と現実が境界を曖昧にしながら描かれていることもある。
これにより楽曲のストーリーを展開しながら情感を高めていく演劇的な盛り上がりをライブで演出することに成功しているだけでなく、それを演じるメンバー自身のリアルな感情がパフォーマンスに反映されることで、観客は一層その世界観に没入し、熱狂し、想像を超える一体感を生み出してゆく。
メンバーは自分自身のまま自然と役者として登場人物を演じられるし、物語という筋道が与えられていることで演者も観客も同じ方向を見ながら進んでいくことができるのだ。この性質は、3年間という限られた時間の中での出来事を描くtipToe.において特に顕著である。

airatticの世界観はその物語の先にある。社会に出る、大学や専門学校に行くにしても社会との距離は高校までの比ではないほどに縮まり、明確なゴールがない世界線に突入する。

tipToe.の物語から見ればairatticで描かれているのはゲームで言えばクリア後にしか行けない新しい世界であり、そこには「モラトリアム」「都市」「20代」というテーマが与えられているが、それはまさに個々の進む道が多種多様に分岐していくタイミングであり、明確な意志や夢や目標を持っているのなら話は別だが、そうでなければ意識は雑多な色に溶け出し、自分自身を空虚なものと感じてしまう、そんな不安定さが空を曇らすライフステージとなる。似通った昨日を積み重ねるゲームにはもう飽きたと歌う鈍色のフラストレーションがこの楽曲に灯された炎だ。

なお、必ずしもairatticとtipToe.の物語がクロスオーバーしているわけではない。
ある曲はtipToe.のかつての登場人物のその後であっても、別の曲では同じ世界に住む何の関係もない別人だったりする。

世界観はあくまでひとつの指針であり、実際にそれを観た人がその光景に投影する物語は人それぞれである。
ここに書き連ねる考察は、世界観を捉えるメソッドのひとつの提案でしかなく、誰もが自分自身の思うままにそこにあるものを理解することを否定するものはでないことは最初に述べておく。

話が逸れたが、“神楽寧々”の辿ってきた道筋を軸にこれまでの道筋を紐解いてみる。

神楽はairatticの結成にあたり、小泉日菜莉、百瀬円香、桜木穂乃花という新たな3人の仲間と出会う。
tipToe.の世界から地続きの道を歩く「環状線チルドレン」の主人公を神楽に当てはめるならば、3人は都会で出会った新たな登場人物だ。実際に別のグループでの活動を経験したメンバーもおり、それぞれにそれぞれの過去と現在がある。

・フィルムリールを回して

今さらながら、都塚寧々＝神楽寧々に関して、tip時代を「都塚」、エアラ結成以降を「神楽」と表記するが同一人物として扱う。(同一人物なので)

1期tipToe.には盟友と呼べるグループがいくつか存在した。そのひとつが・・・・・・・・・だ。
俗にdotstokyo、ドッツトーキョー、ドッツ、てんちゃんズ、などと呼ばれているが、正式な読みは存在しない。表記についてもオフィシャルで「………」とされることがあるなど明確な取り決めはなく、点が9個あればグループ名として成立する。
tipToe.と共同名義でスプリット・シングル「Tokyo Sentimental」をリリースしたグループであるため、tipのサブスクを漁っていれば目にしたことのある名前だろう。

このグループ、コンセプトは「都市の幽霊」である。
……この時点で、なんとなくこの文章で言いたいことがわかるだろうか？

この2組はツーマンライブで「クリームソーダのゆううつ」と「ソーダフロート気分」という、タイトルの上で通ずるところがある楽曲を交換しパフォーマンスをおこなったことがある。
通常、アイドルグループの楽曲交換はそれっきりで終わることがほとんどであるが、その後も個々に違うイベントに出演していながら双方公認のカバーとしてパフォーマンスされ続けるという珍しい展開を見せる。ある時は違う場所で違うイベントに出演していながら、同じ時間に同時にカバーを披露するという芸当も仕込まれた。*2

当初はお互いのグループが使っているオケをそのまま使用してパフォーマンスされていたが、先述の「Tokyo Sentimental」において正式にカバーver.が製作されることとなる。
カバーの編曲についても、「クリームソーダのゆううつ」は「ソーダフロート気分」を制作した菅梓が、「ソーダフロート気分」は「クリームソーダのゆううつ」を手掛けた彼方あおいがそれぞれ担当した。いずれも各グループのメインライターの1人であり、不思議な縁で結ばれた2曲のカバー制作においても仕込みに余念はない。
この時の合同リリースイベントでも、曲が途中でノイズとともに変わり演者も入れ替わるといった奇想天外な演出がおこなわれた。

同作のリリースを記念したツーマンライブでは双方のカバーver.だけでなく、オリジナルver.もコラボで披露された。
その模様は後にライブBlu-ray Discとしてリリースされているが、現在は廃盤となっており中古を探すしか入手手段はない。
しかしながら6joma project*3のYouTube公式アカウントにおいて期間限定で映像がフル公開されているので、興味がある方はチェックしてみてほしい。*4

その他にも、合同でバスツアーを実施したり、ドッツの衣装を着たtipToe.メンバーがドッツとしてパフォーマンスをおこなうといった試みもおこなわれた。仲の良さでいったらもう他に類を見ないほどズブズブである。

airatticの「フィルムリールを回して」は、前述の通り・・・・・・・・・の「ソーダフロート気分」を手掛けたドッツのメインライターの1人である菅梓が初めて本間プロデュースのグループに提供した楽曲だ。
爽快なシューゲイザーポップは元々ドッツの曲だったと言われてもまったく不思議ではないほどに、何度もライブハウスで鳴った曲たちの音色を思い出す。

一方、tipToe.の「Cider Aquarium」はドッツとのコラボによって「都市」というテーマが与えられたことにより生まれた楽曲であり、物語の上ではスピンオフにあたる。しかしながら楽曲人気の高さから定番曲となり、後に2ndアルバム「daydream」に正史の曲たちとともに収録されるに至った。
ライブではアウトロに続く形で多岐にわたるインタールード音源が制作され、多くの曲たちとシームレスに繋がれるディレクタビリティに富んだレパートリーになっている。*5

繰り返しになるが、「Cider Aquarium」および後に制作された「Silent Sign」はairattic「環状線チルドレン」の2年前にあたる物語である。
すなわちその原点として無視できない影響を及ぼしたのが・・・・・・・・・というわけだ。

ここでもうひとつ説明が必要になるのが、コンセプトである「都市の幽霊」について。
メンバーの名前は全員「・」で統一されており、厳密に言えば「女性アイドルグループのメンバー」というのも正確ではないように思える。
というのも、彼女らは世界中に存在する様々な「点」であり、メンバーは点が「女の子の形をとった」と表現されるのだ。メンバーは皆一様に「・ちゃん」と呼ばれ、メンバーが俗に言う「卒業」をする時は、「・ちゃんが女の子の形を取るのをやめます」と表現される。

そのため、この世のすべての「・」がメンバーであり、その活動が目に見える形では無くなったとしても「解散」という概念は存在しない。そしてそれゆえに「見えていなくともどこにでも存在する」ことから「都市の幽霊」というコンセプトになっているわけだ。
詳しい解説になると量子力学の話などが出てきておそろしく難解なため、高校に上がるタイミングで理数科目すべてで匙を投げた自分にはこれ以上を語ることはできない。興味がある方は有志による以下の記事を参照いただきたい。当方はあまりに運営の知力が高すぎたため、そのうち考えるのをやめた。

https://note.com/no3_music/n/n1430fefcdd3e#gVDVJ

目元が隠されたビジュアルも特徴的で、メンバーは便宜的に姿ごとのニックネームが与えられたが、定期的に変更されていた。つまり「個」として扱われることから徹底的に遠ざけられていたのである。
メンバーアカウントについても統一の1アカウントのみであった。

解散の概念は無いが、メタ的には事実上の解散を迎えている。「すべての・ちゃんが女の子の形を取るのをやめます」という表現でそれは告知された。
メンバーアカウントの最後のツイートが、ドッツのコンセプト、さらにはそこに込められた理念をも端的かつ正確に表現しているといえるだろう。

みんな、・たちを愛してくれて有難う

これから、・たちに注いでくれた想いを、同じようにいろんなものや、人や、街や、世界に向けてあげてね
大丈夫！・がいない場所も時間もないんだから、・たちに向けるのと一緒だよ！

そしたらみんなみんなアイドルだ！
君と繋がり続けるよ。ずっとね！

— ・・・・・・・・・ (@dotstokyo) 2019年4月30日

airatticというグループ名はair(空気)＋attic(屋根裏)の造語だが、その意味するところを解釈してみると、屋根裏という家において隠された部分、それが「空気の屋根裏」ともなれば、「空気の中ですら見えない場所」を意味しているように思える。あるいは、街の中にいながら誰にも見えない屋根裏にいるかのような、自分自身がそこにいないかのような感覚を持っている人たちの心の居所を表現しているのかもしれない。ドッツが外殻として与えていたフォーマットを、「個」としての存在を確かなものに感じられていないという内側の心情に置換したオマージュと考えることもできる。
それを体現するように、airatticの歌詞には透明だったり半透明な、視覚的に不確かな色を持つマテリアルが多数登場している。

さらに菅梓が2曲目に提供した最新曲は「ghost girls generation」だ。
“誰にも知られず生きてく都市”の中で生きる憂鬱を少女たちが自らを“ghost girls generation”(＝幽霊少女世代)と比喩して歌うこの曲は、そのタイトルを「都市の幽霊」と言い換えることもできるだろう。

これまで本間プロデュースのグループ(tipToe.)へ楽曲提供をおこなわなかった菅が抜擢されたこと、ドッツの主たる音楽性であるシューゲイザーを取り入れていることも含め、ここまで来るといよいよドッツを決して無関係のグループとは思えなくなってくるのではないか。

ダメ押しで付け加えるなら、ドッツにおいてシューゲイザー以外の音楽性として特徴的だった「Dash De Koi」「YOLO no taki」をはじめとするマスロックのレパートリーが、「crawl syndrome」でオマージュされていると指摘することもできなくはない。*6

そして本筋は都塚→神楽寧々を軸にした話をすることだ。

dotstokyoが(事実上)解散し、後に1期tipToe.も終了し、2期がはじまったtipToe.の物語にdotstokyoはいなくなっていた。そんな折にairatticが産声を上げたのだ。*7

以上の観点から、airatticは「都市」「幽霊」といった・・・・・・・・・が掲げたコンセプトをtipToe.世界の延長上にミックスしたハイブリッドであると言えるのだ。もうひとつの世界線のドッツという言い方もできるかもしれない。tipとドッツの子がエアラと言えるかもしれないし、ドラゴンボールで言うならライバル同士であった悟空とベジータのそれぞれの孫(悟天)と子(トランクス)がフュージョンしたゴテンクス的存在であるとも言える。

重要なのは、「Tokyo Sentimental」をtipToe.のメンバーとして経験し、ドッツと何度もイベントを共にした張本人の1人である都塚寧々がairatticのメンバーであること。
ゆえに現在の神楽寧々は1期tipToe.と・・・・・・・・・の魂を受け継いでステージに立つ存在であり、その先を描くロールを与えられた主人公として活動していると捉える見方ができるというわけだ。

こうしていま、都塚寧々は神楽寧々として新たな活動をおこなっているわけだが、tipToe.卒業当時は「もうアイドルはやらない」と話していた。卒業後の時間の中で生まれた心境の変化から現在に至っているわけだが、一方で一部のファンにはこうも思っただろう。
「本音を言えば出てきてほしくはなかった」と。

自身の活動を終了した後、新たなグループで活動を再開アイドルはごまんといる。しかしそのすべてが順風満帆なわけでも、当時のファンが受けいれられる形であるとも限らない。
コンセプトや楽曲、運営の性格など、肌に合わないグループに入ってしまう可能性もあり、積み重ねた思い出が素晴らしく煌めいていたぶん、それを下手に塗り替えられるリスクを忌避したい心情から生まれる本音であろう。
事実、熱烈に推していたアイドルが卒業し、その後再開した活動がどうにも好きになれず自然と疎遠になったという経験をしたことがあるオタク、少なくないのではないだろいか。
思い出は綺麗なままで終わらせたい。変に塗り替えられるくらいなら、永遠にその後を知らないまま、しかし幸せに生きていてほしい。そう思ってしまうのも人情だ。

ところで、airatticは俗に「屋根裏」と称されることがあり、この俗称はメンバーも使っている。

・屋根裏から愛を込めて

こうした経緯を踏まえて歌詞を読んでみると、メタ的な視点が多分に浮かんでくる。

御伽噺の隙間から
見え隠れしていた夢の終わり*8
崩れてく　形を変えて
まだ燻った感情
鳴らしてよ、ヒーロー
──────────
「どうか綺麗な思い出のままで永遠になってよ」
そんな言葉なんかは突き返して
大人な振りして見送り知った
残る高揚　渇望
鳴らしてよ　ねぇ、ヒーロー*9
──────────
いつか
どうでもよくなっちゃったり
忘れてしまったり
他に大事なことに巡り合うかも
未来はわからない　永遠を違うより
行き先失った衝動を
満たしてくれよ、ねぇ
──────────
「やりきった」って
私も思えますように

卒業してからの期間で「やっぱりライブがやりたい」と思い動き出したことや、tipToe.当時からエアラ始動当初に至るまでは活動について「どこか他人事のよう」であったと語る神楽寧々そのものがこの曲に描かれているようには思えないだろうか。
他方この曲の歌詞はメンバーと9ヶ月間会話を重ねた末に宛書きしたものだと作詞者である本間P本人が語っている。自分が知っているのは都塚寧々の物語だけなのでこのような文章を書いているが、他のメンバーのこれまでのストーリーにも重なる部分が多々描かれていることは確かなはずだ。

もうひとつ、気になる箇所がある。

引き出しの手紙や「またね」の約束

この一節から脳裏をよぎるのは1期tipToe.の楽曲だ。
まず、“引き出しの手紙”は「Letter」を指しているのではないだろうか。
「Letter」については「星降る夜、君とダンスを」の主人公が東京に引っ越したその後の話であると「アフターグロウ」の解説で触れられている。
https://note.com/honmashota/n/n142e693359c4

フレーズからは誰かから来た手紙を引き出しにしまっているように見受けられるが、実は「Letter」は書いておきながら結局出すことのなかった手紙の中身を歌った曲。あの時に出さなかった手紙が今も引き出しの中で眠っていると考えれば矛盾は無いのだ。

歌詞はアフターグロウで東京に行った星降るちゃんのその後の日々と成長。アフターグロウの後どうなったのかを瀬名君と考えて書いた。星降るちゃんは主人公と違って気丈に振る舞う強いタイプだけど内心は不安で、その不安や日々を綴った日記のような手紙に書いていたという話。結局その手紙は出さない。

— 本間翔太 (@btrstaff) 2019年12月14日

tipToe.を聴いているのであれば“「またね」の約束”は「夏祭りの待ち合わせ」の“また集まろうね”を思い出すかもしれないが、そう思ったのなら残念、フェイクである。
というのも、「夏祭りの待ち合わせ」の舞台は3年生の夏だが、「Letter」の主人公＝「星降る夜、君とダンスを」の主人公は、2年生の終わりに東京に引っ越しているのだ。

この主人公は1期tipToe.本編主人公の親友であり、その別れは「アフターグロウ」という曲で描かれている。
すなわち“「またね」の約束”は「アフターグロウ」の“揺れる気持ちも/はんぶんこずつ覚えておいて/答え合わせ、またしようね。”のことなのではないかと推察できる。

以上より「屋根裏から愛を込めて」は「星降る夜、君とダンスを」「Letter」の主人公と同一人物(＝「環状線チルドレン」の主人公)であるという仮説を立てることができる。

tipToe.の舞台は架空の地方都市であり、airatticの舞台は東京だ。tipToe.を卒業してairatticのメンバーとなった神楽寧々に「星降る夜、君とダンスを」の主人公を役として投影すると、先述の神楽自身の経緯も相まって、物語に綺麗に筋が通るような感覚にならないだろうか。

図らずも“神楽寧々”は、ふたつの物語を渡る2.5次元的なアイコンとして楽曲世界の中で存在感を放っているのだ。
苗字を変えたことについても(深い理由は無いそうだが)物語に投影してみると、引っ越しの理由や2年間の間の出来事を想像する素材になったりして面白いかもしれない。

……とか言ってると本間Pが「あ、それは違いますよ。この曲の主人公は～」とかさらっと解釈をひっくり返してくることがあるのが恐ろしいところだが、気にしないで楽しもう2023。

airatticはtipToe.以上にバンド的な要素を強め、ダンス＆ボーカルとマニピュレーター*10のみで編成されたロックバンドとも言える、真に文字通りの“ライブアイドル”として、数々のライブハウスを熱狂の渦に叩き込んでいる。

そしてさらなる表現の追求のため、新たにメンバーを迎えて6月23日に新体制をお披露目する予定だ。

「どうか綺麗な思い出のままで永遠になってよ」
そんな言葉なんかは突き返して、神楽寧々は3人の初期メンバーと、そして新しいメンバーと共に最高潮の大音量をかき鳴らす。

──────────

6月23日(金)@ 下北沢シャングリラ
New Season Kick off Live
「airattic.tokyo20230623」
開場19:15/開演19:45
前売2500円/当日3000円(+1D)
※女性エリア有
※マスク着用で声出し可

出演：
airattic
tipToe.

■販売サイト
tiget.net/events/245408
前売：5/12 21:00~6/22 23:59

■余談■

「屋根裏から愛を込めて」というタイトルは、世代によってはピンと来るであろうアンジー「天井裏から愛を込めて」のオマージュであろう。ちなみに自分はピンと来なかった世代だ。
冒頭の歌詞を読んでみると、歌詞が書かれる前からタイトルの構想もあったんじゃないか、なんならグループ名の由来もこの曲という気がしてこないだろうか？

ほらほらねえねえ　空気の真似して僕がいる
天井裏にはなんにも無いけど気分さ
ここでだったら素直なあなたが良く見える

*1:もっとも、airatticについては明確なストーリーがあるわけではないこと、物語がコンセプトの主軸ではないこと、本間の個人アカウントのツイートくらいでしかストーリー面の解説がされないことから、以降の話も含め、あくまでおまけ要素として知っておいたら楽しい程度のものである。

*2:このあたりはドッツの活動コンセプトやスタイルに起因する試みと思われるが、詳しく話すと完全にドッツの話に染まってしまうので割愛する。

*3:本間が代表を務める音楽レーベル。

*4:3年前から期間限定公開されているのでもうこのままでいいんじゃね感はあるが、いつクローズされるとも限らない。

*5:ノリで造語を作ってしまったが、演出可能-性……色々演出しやすいよという意味で読んでいただきたい。すんません。

*6:ただしこの曲についてはtipおよびドッツの文脈とは無関係の作家が書いている。

*7:ドッツの後継グループとしてRAYが誕生した経緯があり、楽曲も一部継承され1期tipToe.と対バンも重ねているが、直接的に物語が結びつくグループではないためここでは触れないでおく。(RAYに触れるならばHAMIDASYSTEMとクロスノエシス、Payrin'sにnuanceも取り上げなければいけないというラインだと考える) ただ一方で、RAYとairatticはいずれもかつてのドッツが新しい形を取ったものだと解釈してみるのも面白い。なおRAYがSOVA所属になったのもドッツとの交流がきっかけである。

*8:物語を描いた1期tipToe.の活動終盤を示唆していると解釈できるが、ここはかつての所属グループが解散した小泉日菜莉のパートであり、別々の場所から集まった物語が繋がる刹那が垣間見える。

*9:こじつけレベルにはなるが、ドッツには「ねぇ」という曲がある。なんなら他の曲の歌詞だが「サイダー」も曲名にある。

*10:PA席でリアルタイムで音をいじったりエフェクターかけたり、こちらもライブに参加している。

100 tipToe.1期のラストライブから3年が経ったので、そのひとつ前の現場の話をする

「standing on tipToe.」から3年が経った。

1期の集大成、すべてを詰め込んだラストライブ──

──なのだけど、もう少し踏み込んだ話をしてみたいと思う。

ラストライブについてはそこに触れた誰しもに語り尽くせぬ想いがいくらでもあるだろう。かく言う自分もまた観返した映像から蘇るものがありすぎて収まりがつかないクチだ。

それゆえ敢えて、あまり語られる機会のない少し前の時期の話をしてみようと思う。

メンバーそれぞれの活動期間を3年間と限定して始動したtipToe.。本来の予定だと1期生である4人はデビューから3年を迎える2019年12月でその活動を終了するはずだった。
なんせ最後の舞台はZepp DiverCityだ。おそらく都心の人気会場をキャリアの浅い事務所が土日祝の中で押さえなければならないという会場確保の都合だろうが(このあたりは運営各位がめちゃくちゃ頑張って下さったのだと思う)、結果として10月末からはじまったフェアウェルツアー(SCHOOL TRIP 2019)の最終公演が年末にまで差し掛かり、ラストライブは翌年1月にまで持ち越されることになる。

年が明け2020年、ニューイヤーフェスへの出演を最後の対バンライブとし、そこから1週間以上のブランクを空けてついに件のラストライブが開催された。

あくまで個人的な感覚の話にはなるが、2020年のtipToe.はアンコールのような、あるいは到達点のその先に居るような、そんな感じがしていた。
というのも、2019年を締め括ったSCHOOL TRIP 2019の最終公演がまさにtipToe.1期の集大成と言える内容だったのだ。

全7公演おこなわれたツアーでは、東京を除く6都市で各メンバーを個別にフィーチャーしたセットリストでライブを展開した。
そしてファイナルの東京公演は、特殊繋ぎを含むバラエティ豊かな後期の曲たちのパレードにはじまり、各楽曲のストーリー性を時間軸に沿って辿る中盤ブロック、節目節目に登場しグループが大切に歌ってきた曲たちを畳み掛ける終盤戦を経て、デビュー当初の対バンで披露していた“最初の4曲”だけで構成されたライブをSEともども再現する特別なセットリストが用意されていた。

本来であれば最後のはずの2019年12月、通っていたオタクの誰もが後悔しないようにとメンバーともども加速度的に駆け抜けてきたこの年最後のライブ、ツアーファイナル、そんなこれまでのtipToe.のすべてを詰め込んだ集大成と呼ぶに相応しいセットリスト。
これがラストライブだと言われてもまったくもって納得しかできない、強いて言うならハコが控えめだったくらい、それくらい充実感のある時間がそこにはあった。
本編ラストの「長い坂の途中で」の大団円感を今でも鮮明に覚えている。

猫も走るほど忙しい12月28日の夜。青春の一団はひとつの大きな行事をやり遂げ、各々が思い思いに余韻を噛み締めながら家路に着く。

年末商戦で賑わう街。納まらない誰かの仕事。着込むだけ着込んで出かけるカウントダウンイベント。
初日の出。寝正月。あっという間に迎える仕事初め。猫はこたつで丸くなる。

静かに穏やかに流れる年末年始の時間は、それでいて終わりに向けての時間を着実に刻んでいた。

ツアーファイナルの数日後、年明け早々にtipToe.は1日だけライブ出演があった。
「New Year Premium Party 2020」、1月2日におこなわれたDAY 1への出演となったが、tipToe.は同日中に異例の2ステージを務めることとなる。
出演予定だったWILL-O'がメンバーのインフルエンザにより急遽出演キャンセルとなったため、その代打としてステージを守ることになったのだ。
素直に喜んで良い状況ではないにせよ、終わりを控えた当時の6人にとっては単純にライブが1本増えたことになる。運命が味方してくれたような何かを感じざるを得なかったのは確かだ。

この日の何が特別か。ツアーファイナル完走後最初のライブなのである。
その何が特別なのかと思われるかもしれないが、ワンマンライブやツアーは確実にメンバーとグループを成長させる。その規模が大きいほどに、やり遂げた後の成長性も非常に高いものがあるのだ。
つまり、大規模なワンマンやツアーの後には必ず“これまで以上”のライブを観ることができる。それが約束されている。これを約束と言い切れるほど6人の実力とモチベーションを信用していたことも付け加えておかねばなるまい。

全国ツアーを経て大きく成長した6人の姿を、ラストライブの前にアディショナルタイム的に観ることができたのは僥倖だった。
ましてやステージはZepp Tokyo。ラストライブと同じ規模でどれだけのライブを魅せてくれるのか楽しみでもあったし、結果として与えられた舞台のグレードに相応しい実力に成長した姿をそれぞれが魅せてくれたのだ。

先にも書いたが本来は2019年で終わりだった6人だ。ラストライブの存在は元よりあるものとカウントしていたため、2020年1月2日はまさに幻のように感じられる現場だった。

もっと言えば、この6人がZeppワンマンを終えたその先のライブも観てみたいという気持ちがあったことは否定できない。ここまで凄いのにもっと先がある……と、あり得ないことが確約された未来に思いを馳せて切なくなったりもした。

しかしながら、ツアーファイナルとラストライブの間に挟まれたこの日のライブがあったことで、最後の最後に“成長を観る”体験をさせてくれたのだ。

特別に仕込まれたワンマンライブではなく、誰もが同じ条件で出演する対バンであることが重要だった。ツアーファイナルのあとがもうラストライブという状況だったとしたら、ワンマンライブという空間にかかっている魔法を剥がした姿を観ることはできなかっただろう。それゆえに“幻”のライブなのだ。

お察しの通り、細かすぎてこれだからオタクは……となるやつである。

オタク特有の早口はこの辺にして、ライブの話をしよう。
セットリストは以下の通り。

firstStage.
1.morning milk(SE)
2.夏祭りの待ち合わせ(new ver.)
3.夢日和
4.Interlude(夢日和～星降る)
5.星降る夜、君とダンスを
6.特別じゃない私たちの物語

secondStage.
1.SE(僕たちは息をする)
2.僕たちは息をする
3.Cider Aquarium
4.茜
5.MC
6.The Curtain Rises
7.長い坂の途中で

会場はいずれもZepp Tokyoだ。ラストライブの会場となるZepp DiverCityと遜色ない大舞台での2本を全力で務め上げた。

1本目、こちらが本来用意されていたセットリストだ。
「夏祭りの待ち合わせ」はおそらくこの日初めてにして唯一披露されたバージョンだ。冒頭のアカペラ部分にピアノの伴奏が追加されていたものの、メンバーが歌いにくそうにしていた記憶がある。(配信映像を見返すとそんな風には感じなかったのだが)
アイデアとして用意はしたが、ラストライブに起用する前に1度試してみようということで投入されたのではないか、と当時思った記憶がある。結果的にラストライブは通常のアカペラスタイルで披露され、このバージョンは幻となった。
「夢日和」～「星降る夜、君とダンスを」は前年のギュウ農フェスでヘッドライナーとしてメインステージのトリを務めた際に初披露された激レアかつ本気度が極めて高い繋ぎだ。もっとも盛り上がる曲ツートップをSEで繋ぐという最高火力。1期に関していえば「夢日和」がラスト以外に披露されること自体珍しかったし、なんなら対バンでの登場自体珍しかったかもしれない。さらに言えばアウトロに本来入っていないギターソロまで追加している。そうしたところも含めて攻めの気概が感じられる、1期至高の繋ぎパターンのひとつと言えるだろう。(主催公演の頻度が高めのグループなので大概はそこで披露される)
最後の「特別じゃない私たちの物語」はバックスクリーンにMVを流しながらの披露となった。いやこれ大規模なワンマンでやるやつー！！

……今にして思えばラストライブでは間奏の転調手前で一旦曲を止める演出があったため、プラン的にできない→でもエモいからやりたい、でここぞとばかりにぶち込んできたのだろうと思われる。そういうとこ、いいぞ。
この時点で考え得るもっとも強烈な対バン用セットリストだ。新作ネタも最強武器も出し惜しみせず強い順にかつ効果的にセッティングした極上の20分間である。

そもそも対バンの20分枠で十分に魅力を出し切ることは容易ではなく、グループの持ち味をしっかり堪能するならどんなグループでも30分、せめて25分は欲しいと感じる。MCまでしっかり入れてわずか20分でここまで充実感のあるライブを魅せられるのは、まさに“本物”のそれとしか言いようがない。

2本目はWILL-O'の代打ということで、セトリに一切の被りなし、かつ1本目からは除かれたロック色の強い楽曲を中心に構成されたステージとなった。
「僕たちは息をする」の専用SEからイントロにドラムを追加して披露されたこの日のバージョンは、SCHOOL TRIP 2019の札幌公演のオープニングとして初披露されたものだ。残りのライブも限られた中での披露となったものの非常にカッコいいアレンジであったため、この場で再び聴けたのは嬉しかった。ちなみにこのバージョンは2期のライブに受け継がれている。
その後は繋ぎがち筆頭の「Cider Aquarium」を含めすべての楽曲を繋ぎなしのストロングスタイルでぶつけに来た。
アイドル楽曲大賞に入選を果たし叙情性では比類のない珠玉のロックバラード「茜」で深く真っ直ぐな表現力を魅せつけたかと思えば、ラストイヤーの開幕を告げたtipToe.ギターロック勢の中でもトップクラスの爆発力を誇る「The Curtain Rises」を広大なフロアに叩き込み、そして披露順で言えば全楽曲中最後となり片手で数えるほども披露されていないtipToe.なりのポップ・パンクナンバー「長い坂の途中で」が最高潮に達したボルテージをそのままハッピーな空気感に転じ、高揚と多幸感に満ちた花火を打ち上げて1年の始まりを祝った。

そもそもこの期間にライブを観れること自体が奇跡のようなことだったのに、表情の違うそれぞれ極上のライブを観れたことが本当に嬉しかったし、もちろんツアーを終えて大きく成長したメンバーの凄みを生身で体感できたことがいかに素晴らしい体験だったか、こちらが筆舌に尽くしがたいと悶えた勢いでうっかり筆をへし折ってしまっても、結構な質量で伝わるのではないだろうか。

こんなに凄いライブを魅せられて、もうあとはワンマン1本だけなのか。
まったく寂しい話だ。でもここまでゴールを決めて駆け抜けてきたからこそ辿り着ける場所があるのだ。

tipToe.1期は当然Zeppクラスのワンマンは初めてだったし、それどころかそれまでのワンマンで1,000人以上のキャパをやったことがない。

O-WEST、渋谷クアトロ、開業したてのVeats Shibuyaなどで数々の名演を繰り広げてきたが、いずれもキャパは700人前後に留まる。

キャパ4桁台最序盤となる登竜門・リキッドルームもそのすこし先の赤坂ブリッツも挟まずに飛び級でZeppなんか大丈夫なのか、と思わないこともなかった。

もちろんその当時のメンバーの実力からすればZeppは妥当と感じる気持ちのほうが強かったが、実感を伴ってそれを確信させてくれたのは他ならぬこのNPP2020での2本のライブであった。

当時のライブ映像が残っている。

※映像のアップロードは正規のものではなく、一般のユーザーが当時の配信映像をクリップして投稿しているものであり、本来紹介すべきものではない。しかしながらラストライブ前最後の対バンライブであること、ツアーファイナル完走後最初となる貴重なステージを収めたものであること、この日だけの特殊なアレンジや演出があったこと、最後の赤衣装でのライブであったことなど、その記録的価値には看過できないものがあると判断し、あくまで無責任な一消費者と自らを貶め開き直ったうえで紹介させていただく。

自分のツイート記録を辿ると、そんなことを思いながらもこの日はめちゃくちゃ体調悪かったらしい。それでもそんな感じで素晴らしいライブを観れて帰りのバスで泣きながらTwitterやってたらしい。わかるよ。

そしてそこから9日の間が空く。来たるその日は1月11日、成人の日を含む3連休の最中。浮き足立っていた世間もそろそろけじめをつけて日常に戻ろうかと重い腰を上げ出すような頃合。オタク各位はゆっくり休んでさぁて仕事をはじめるぞ、なんて気分でいられなかったと思う。

あくまでアイドルとファンのであるにもかかわらず、「青春」と呼ぶに差し支えない経験をもたらしてくれたこの時代の終わりを迎える覚悟と向き合うことを余儀なくされていたのだ。

それでもその日はやって来て、チケットはもぎられ、体はフロアに吸い込まれる。
花道、本棚のセットが印象的なステージ、見当たらないシューティング機材、小粋な演出にすら思える影アナの凡ミス、折に触れどこからともなく沸くどよめき。

「つま先で立って最後まで」って、東京のZeppなんて過去一番のつま先立ちをしていたけれど、言葉とは裏腹に地に足着いた過去最高のパフォーマンスでtipToe.1期はフィナーレを迎えた。

1週間限定だそうです。ぜひ。

99 ひとりごと(tipToe.)について語る時が来たかもしれない

この曲に関しては1期の頃から語れるなぁと思ってはいたのですが、ついにタイミングが来たのかもしれない。(モチベともいう)

あんまり言ったことないかもですが、かなり好きな曲なんですよね。

tipToe.楽曲の中でもっとも寿命が長い曲なのではないかと勝手に思っています。
約3分半と短くシンプルにまとまっており、音数手数が多い割に重くならず綺麗にまとまる瀬名航曲群の中にあって、とりわけ個々の楽器が控えめに最低限の仕事に徹しているという印象です。

いずれの音も無駄な主張をせずに職人堅気な演奏に努めることで生まれる完成度があり、ナイトウォークとはまた別ベクトルの「引き算の美学」をもって成立していると感じます。たとえばギターロックでやっていき！でお馴染みのSOVA合同会社とは思えない手数のギターアレンジですよ。そこが逆に痺れるっていうやつですね。

決して主役になるほどの大きなパワーを持っている曲ではない。そういう曲はあからさまにそういう顔をしてセットリストに入っています。みなさんもご存知のあれ日和とかあれ降る夜、君とダンスをとかあれピースとかあれ草の咲く頃にとか。ひとりごとってそういう枠じゃない。
しかし枠じゃないからこそ、時期とか世代とかの象徴にならず、旬も無ければ廃れもしない。それでいてtipToe.らしさそのもののようでもある。
例えるならなんだろう、牛乳石鹸とか。あとなんだ、人生ゲームとか、葛根湯とか、リポビタンDとか。派手にコマーシャルされはしないけど、昔からずっとあるよねっていうものたちと似た立ち位置を獲得しうる(なんならしている)曲。

2期は2期のメンバーのために書かれた曲をやってくれるほうが嬉しいんです、個人的には。1期曲の解禁とか懐かしの定番繋ぎとかあんまり興味なくて。今という時代は今を作っている人たちのものなので。卒業した先輩たちは事実としているけど、今tipToe.ってあなたたちなんだよって最初から思ってる。

もちろん「tipToe.の曲」という大前提の括りの中での話なのは承知の上で、だからやるならせめてオケを新調してほしいとは2期はじまった当初から思っていて。演者が変われば世代も変わる時代も変わる、ほんのわずかでも吹いている風は違うものになるわけで。
あともっと言えば古い曲たちの制作当時より制作陣のレベルが上がってるのでそのままやると青臭さがむずがゆかったりして。
振付が多少なり変わってるのはそういう意味では良いなと思います。中盤夢日和とか平気でやるようになったのも変化か。(1期2年生編以降ではdubriseのfujisaki stepくらい、つまりtipサイドでは頑なに切らなかったカード)

だいぶ話が逸れましたが、でもそんなことを思っている中でも「ひとりごと」だけは素直に2期でも観たいなって思ってた曲なんです。べつにそのままでいいので。唯一そう思った曲。(ちなみにblue moon.はそもそもやると思ってなかったので、そういう思考の枠外にありました)

blue moon rising(1期)でblue moon.に衝撃を受けたのがtipToe.に通うきっかけだったって話はニッポン放送ラジオリビングの年末の数の子松前漬けの宣伝くらい話してきたと思うんですね。
でも同時に「またライブ行ったらあれ聴けるかな？観れるかな？」って一際楽しみにしてたのは実はひとりごとだったんです。

blue moon.は良すぎてそう沢山観るのも聴くのもちょっと怖かったんですよね正直。通い始めの当時は、やったら凄まじい体験をした…！と毎回感じてたし、やらなかったら少しほっとしてる自分がいました。なんというか、ものの1回で絶対的な存在になった曲なんです。

一方のひとりごとは、曲も振付もそれをやってるメンバーもとても可愛いらしいんですよね。夜編開幕という時期もあってシリアスめな表情でやる曲も増えていったんですが、そんな中でもこれがあると癒されるというか。
BPMとかビートの感じもちょうどよくライブ向けですし、うれしい楽しい大好き(吉田美和の歌声で)そして可愛いっていう。

それでいてやっぱり主役級ではないので対バン登場率はそんなに高くなくて、でも1度観たらまた観たくなるようなひとつ抜けた可愛さがこの曲にはあったので、言うたらわりと片想いしてた曲なんですこれは。

同じクラスだけどとっかかりが無さすぎて話しかけられない、でもけどちょっと気になってるあの子とたまたま行事のチーム分けで一緒になったみたいなあの感覚って言ってわかります？わかりますよね。みなさん人類ですものね。わかりますよ。

weや茜やカーテンや風速やユナイトやシャッターチャンスみたいな語るべき名曲たちの影には隠れがちで、それでもいつでも確かな役割を持ってしっかり仕事をしている。やるべきことをやっている。そんなところがカッコよかったりする。ちょっと曲に人格を与えすぎてるな。まぁいいか。

とはいえ影に隠れているばかりでもなく、1期のクアトロワンマン「Colorful」ではイントロをリアレンジした新ver.が公開されました。以降セトリ入りもわりと増え、Colorfulと1期ラストライブでは前曲からの繋ぎ部分を同じアングルで映像化されてた記憶があるんですよね。あのつみちゃんのピース、同じだ！って思って。

ちなみにこの年の春にあれがリリースされます。そうです、瀬名航2ndフルアルバム「せなのおと2」。
初音ミク歌唱によるセルフカバー、「ひとりごと -Rearrange ver-」が収録されました。

tipの主催イベントの開場中のSEといえば瀬名航のインスト、というのは通っている皆様におかれましてはもはや実家と感じられるくらい染み込んでいるのではないでしょうか。このアルバムに関しても「あっかんべーだ」とか「浮遊」のインスト、よく流れてますよね。

で、かつてはひとりごとのインストも混じって流れていました。tip曲のインストとして考えるとこの1曲だけで、事情を知らない人には小さな謎であったと思われます。
これがアルバムリリースのタイミングでしれっとRearrange ver.のオケに差し替わったんです。
2期から観ていて、そういや開演前なんかやけに賑やかなアレンジのひとりごとインスト流れてるな、と思われていた方。それです。そんなわけで耳馴染みは地味にあると思われます。

Rearrange ver(以降ひとりごとR)の一番の特徴はサビに過剰装飾とも言えるようなキラッキラのシンセサウンドが加わったことでしょうか。ザ・瀬名航っていう音色のあれです。ボカロPなのに音色で作家が紐付く方ってあまりいないのでは…(詳しくないので知りませんが)
歌うのが人間ではないのでアレンジのほうは意外といくら攻めても良いみたいなあれがあるのかもしれません。
あとはところどころめっちゃ静かになったりして緩急がつきました。ベースのアレンジはそのままに、程よくイメチェンしたような感じになっています。ワンピースでいうとこの超新星編と新世界編くらいの変わり具合です。

このバージョン、2期になってから使うと思ってたんですよね。楽しみにしてたんですが、フタを開けたら意外にも(夢日和なども含め)1期とまんま同じアレンジでやってて逆にびっくりしました。

つまるところ、tipでひとりごとRを観るのが(大々的に言うほどではないまでも)ちょっとした夢だったんですよ。

でもまぁそういう感じだとやらないだろうと思ったんですよね。イメージとか方針にブレがない本間さんのことですし、よほど特別な時ですらやらないだろうなと思ってました。そんなことあったらいいよねくらいで。

しかしついにその日はやって来ました。

りんちゃんのわがままパーティーです。

そもそもトークイベントだと思ってました。なんならフード頼んでごはん食べながら観ようかくらいに思ってまして、夕飯食べずにセブンの揚げ鶏とさけるチーズで小腹満たす程度にしていたんですけど()、開演するなりまず1曲目のウェルカムソングとしてこれが来たわけです。

SEがひとりごとRか～いいね～と思ってたら、そのままひとりごとRをパフォーマンスしてくれたんです！やば！踊ってみたライブが中心でしたが、これについてはもちろん初音ミクではなくちゃんと生歌です。
終わってみて冷静になって考えると専用SEまで作られていたっぽいのですよ。なんてことだ…

今回はtipとしてではなく3人でのパフォーマンスでしたが、それでもこれをライブで観られるとは思ってなかったので、なんとも嬉しいサプライズでございました…
りんちゃんこれ好きでやりたかったと……ありがとう……ありがとう……

アレンジの違いによりライブでのアティチュードもわずかばかり変わってくるものがありますよね。似たようで新しく少し違った形で楽しめて最高でした。もちろんそのあとのイベントも！

1度あることは2度ある、2度あることは何度もある、ですからね。前例を切り拓いたりんちゃんは偉大だ…
ていうかもうSE用意しちゃったんだから、やらなきゃもったいないでしょう。そうでしょう？ねえ。

というわけで、tipToe.本隊でひとりごとRを観れるのも楽しみにしております😊