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31 親は感謝すべきとは限らない

新年明けましておめでとうございます。

前の記事にも書いたのですが、2016年は「終わりとそれに伴うはじまり」が世の中全体に大きな流れとして存在していたような気がします。そしてその潮流はまだちょっとだけ続いているようにも。

自分自身ひとつ終わらせたことがありました。関わっていた人達も次々と辞めています。花の命は短い、というのは健康な土に根を張れる花が少ないからなのかもしれません。

この先は自身のFacebookからの転載です。書いてから不思議と何度も読み返していて、なんだかこの文章を書いたことで新しい区切りをつけて「はじまり」をはじめられるような、そんな気がしました。
なのでこっちにも載せます。

***

見ていて気分の良い文章ではないはずなのでこの一文以降スルーするのが吉です。おみくじ。

親に感謝できる家庭、に憧れている。それが世間では当たり前で美徳みたいに言われているけど、そうできる家庭は恵まれていると思う。
きっとうちの母親は自分の大切な人を無神経に傷つけるから(これは確信をもって言える)、そろそろ彼女でもほしいな~とか思うけど「がんばって作ろう!」みたいな気分になるのも憚られる。友達だって会わせたくないし実際大学以降にできた友達とは会わせていないはず。結婚だってゆくゆくはしたいけど母親に関知させずに子育てまでしたい。

世間になんと言われようと母親が死んでも葬式は出すまいと心に決めている。餓鬼道の腐れ鬼畜生めがと言われても構うまい。それほどに長年積まれた憤怒と憂鬱の山は高い。謝罪の一つでもあれば良いのだけど、あの人は謝ることをしない。
絶対にしない。親があまりにも謝らない人だったからか知らないけども、謝ることをいい歳になるまで知らずに生きてしまった。今にして思えば本当に恥ずかしい。

かといって自立できるような経済状況ではないので、さっさと自立して縁を切ってしまうのが自分のためだなと思う。祖母と叔父夫婦だけ関係切らずにいれば困ることはなんにもないし。本当に。

「育ててもらっておいて」なんて言う人もいるかもしれないけど、うちの母親は昔からよく「世話してやってんだからありがたく思え」と自分から
言うし(ぶっちゃけ世界中の親がやってることなんだから威張って言うようなことではない)、小さい頃から「無能」とか「不細工」とか言われながら育ったし、こっちが話しかけると無視するしそのくせ自分が無視されるとキレる、という具合なので家にいると人としての尊厳が損なわれてるような気すらしてくる。「親には感謝しなきゃいけないはずなのにそれができない」と病んだ時期もあったけど、必ずしも感謝しなきゃいけない存在ではないと気付けてから少し楽になった。ダブルバインドからの解放。
家庭に良い思い出がない。ほしい。感謝どころか逆に喰い潰してやるか、みたいな発想にしかならない。それでも親には感謝しなきゃいけないのでしょーか。だとしたら奴隷として生きなきゃだね。

という風に書いてみるとまあ、何に向けて日々がんばったらいいか少し見えてきたかもしれない。
独り善がりの戯言を文字に起こすのは自分にとってのストレス発散でもあるので書いてみてよかったようなそんな気がします。

母親と縁を切るのが今のところ人生の目標です。刺々しい言葉に見えるし不幸なことに思えるかもしれないけど、何が幸せかって人それぞれだよ。本当に。ネガティブを追求して闇に逃げ込むことが生きられる唯一の道という人もいるし、人に理解されずとも自分を見失ってはいけない。心の事情は社会通念では計れない。
自分の場合はこうです。と胸を張って言うことでやっと半歩ほど進める。

***


今年は(も)みなさまになんかしら良いことがありますよう。
慌てることがあっても素数を数えて落ち着きましょう。
2017は素数ですからね。

30 ロックスターだったら来年死んでた

だってあと5ヵ月もしないうちに27才。MOVE OVERしていきたい。

今年はなんだか死と再生を意識するような年でした。そういう経験自体は4年前から今までの少し長い期間の中にすごく感じるのですが、もう少しミニマルなところでだったりあるいは世の中に対してだったり、という体感の年。

クリスマスは働いて
大晦日は祖母の家で年を越し
元日は働かず
誕生日は用もないのに休みを取る

これは毎年のことなので守りつつ、えーなんと2017年は6年ぶりの素数年だといいますから、慌てたときは素数を数えることをなにかにつけ奨励する、時に切ないまでに……そんな人生を来年は送りたいと思います。嘘です。

この歳になってようやく「これからだぜ!」と思えるようになりましたね。
これまではなんか歳を重ねるごとに憂鬱になっていってましたから。23歳か……24歳か……と。


ジュマンジ。(〆が思いつかなかったときに使う代用語)(いま考えた)(2観たい)

29 今年の漢字

「再」


今年最初のできごととして、イエローモンキーの再集結とデヴィッド・ボウイの訃報が報じられました。
1月8日、デヴィッド・ボウイにとっては誕生日でもあるし、イエローモンキーにとっては最後のライブをした日でもある。(2004年12月28日に「JAM」をプレイしてはいますが、正式に開催されたコンサートとして)
ボーカルの吉井和哉はなにかにつけ「1」と「8」に縁のある人生を送っている人で、今年の申年は特に強烈だったに違いない。8日の再集結発表の2日後にデヴィッド・ボウイの訃報が報じられることとなる。
当時の吉井和哉の心境たるや心中察するに余りあるものがあり、事実最初に出したコメントが「意味がわかりません」というこの後どうなるかならないかファンはハラハラと見守っていた。

訃報はこれだけにとどまらない。

イーグルスグレン・フライ、アース・ウィンド・アンド・ファイアのモーリス・ホワイト、キーボード奏者のキース・エマーソンビースティ・ボーイズのジョン・ベリー、スーサイドのアラン・ヴェガ、これも世間を驚かせたプリンスなど、音楽界だけで見ても錚々たる面子がこの世を去っている。
またハリー・ポッターシリーズで最重要人物のひとりであるセブルス・スネイプを熱演した、俳優のアラン・リックマンも今年天に召されたうちの一人。
イエローモンキーファンとしては「バラ色の日々」「聖なる海とサンシャイン」を手掛けたプロデューサー、朝本浩文の逝去
も記憶に新しい。

死とは新たな旅のはじまりなのかもしれない。
吉井和哉が近年リリースした中でも大事にしている楽曲「ボンボヤージ」、旅立つ祖父から孫達へ向けたイメージだという船出の歌である。

生活を変えざるを得なかった人達もいる。

今年最初にして最大の芸能スキャンダルといえば、ベッキーゲスの極み乙女川谷絵音の不倫報道だろう。とかく川谷サイドに関してはあまりにもよく出来たエンターテイメントにすら思えるマテリアルが揃っていて、この当時渋谷のセンター街でよく流れていたのは「ロマンスがありあまる」だし、報道直前にアルバムのリードトラックとしてよく流れていたのが「両成敗でいいじゃない」でそのアルバムのタイトルが「両成敗」。しまいには「ゲス不倫」という語呂バッチリな造語まで週刊誌に作られ、以後年内の不倫騒動にはしばしば「ゲス」の文字がつきまとった。ベッキーがタレントとしての好感度がずば抜けていたことからこの件については長く尾を引いたわけで、そういえばアルバムには「続けざまの両成敗」という曲も収録されている。

ベッキーにせよ川谷にせよそこまでやらんでも、というくらいの社会的制裁を長きに渡って受け続け(公私分離が完全には不可能な芸能界における責任云々のことはもちろんあれど)、二人とも、いや川谷の元嫁もだが、新しい生活へのスタートを余儀なくされたであろう一件だった。

余儀なくされた新しい生活、というと熊本地震インパクトも強烈だった。
近年に3.11という未曾有の大災害があったためか、当時のノウハウも活かされ、津波原発などの大規模な二次災害こそなかったとはいえ、大雨による被害者の増加もあり、今なお被災者の避難生活は続く。
首都圏も他人事ではなく、実際に起きている問題としてこの熊本地震により工場が止まり、インフルエンザワクチンの製造に大きな支障が出ているという。
このペースだと復興五輪に辿り着けるのかという不安もよぎったりよぎらなかったり……

件の東京五輪も初回の1964年から実に56年ぶりに再び開催の運びとなる。当時行われていた種目はすべて行われるそうだ。
ちなみに「東京五輪なのになんで宮城?」という疑問もあるにはあるだろうが、リオ五輪ではサッカーの予選がリオから2,800km離れた場所で行われていたりもしたわけで、例えるなら「沖縄五輪で一部種目が札幌会場」だった、とかそんなレベルの距離感である。東京~宮城間なんてカワイイもんだな。

あとは大統領選とかありました。大方の予想が気持ち良いくらい外れてトランプが当選。隠れトランプがどうのと連日報じられていましたが、アメリカですらももはや自由に意見を表明できない国なのですね。なんかイメージが変わりました。
そういえばこの辺りの話で取り沙汰されたポリティカルコレクトネスなんてもんに拘ってたのは中学生の頃くらいかもしれない…

さてトランプ大統領になるもんでアメリカもまた新たな時代を迎えようとしています。ここでこじつけの「再」につながるわけですよ。
ねえ、日本はどうなっちまうのか。最低賃金1,000円を目指すなんてブルドッグさんは言ってますが、世界的に見たらまだまだ日本の賃金は安いし1,500円はないと厳しいというのに1,000円ですら日本企業に支払えるだけの力があるのか疑問だって言いますからね。アメリカの経済や雇用はトランプによって回復はするでしょうが、日本はどうなってしまうのか。月末金曜15時退社は消費対象となる小売・サービスにはなんの意味も成さないどころか無闇に忙しさばかり加速させるのでは。消費しろったって給料上がるわけでもないしねえ。あと月末は忙しいですよね。サービス残業増えるわ~なんて言ってる会社員もちらほら…
労働問題絡みで言うと客の傲慢に応え続けたことによるブラック化っていうのがありますが、ロイホの終夜営業中止なんかは客への媚びへつらい商業からの脱却って感じで良かったですねー。欧米には「18~20時の間には店閉めろ」っていう「閉店法」なんてもんがあるらしいですよ。客の方が立場が上とか思ってる糞客を一蹴して生活を豊かにできる名法ですね。

薄っぺらいことばかり言ってるのはニュースとかあんまり見てないからですよ。下手に政治語りをすると学が無いのがバレるという好例です。政治トークなんか年頃の女の子は興味無いので外で話すのは特にやめましょう。ちなみに日本人が政治に興味無いのはリーダーを選べないからだと思うわ。


てなわけで、何かが終わってそれによってまた何かがはじまる、その起点みたいなことに象徴される1年だったなーと思います。
だから

「再」

28 アイドル楽曲大賞2016俺版

去年ほど聴いてない気もしましたが思い出したらわりとありました。


◼mug/少女閣下のインターナショナル
暴風。吟味してる暇などありません。跡に残る
のはぶわっとした感覚だけ。あるいはそこからさらに何にもなくされてしまうのかもしれません。そもそもシングル表題曲が「乙女みたいな季節」なんだもんこのグループ最高におかしいよね。

◼Kitty's murmur/とみにか共和国
アイドルよりトラックメイカー・ミュージシャンとして捉えるほうが自分の中では自然。
BABY MARINE BLUEとかGTKBとかピンキーリングも好きだけどこの曲に落ち着きました。アルバムの最後に入ってるんだけど、この曲が終わらず永遠に続けばいいのにって思う。

◼sgrks/病ンドル
これなんかはライブでの印象が強くて、イントロからすげーカッコいい。
リリース前のライブで一緒にやってたカバー「MONSTERS」(BiSH)と共に病みつつもカッコいい人達だなって思って観てました。

◼とばっちり塵ボーイ/絵恋
才能の塊こと絵恋ちゃん本人による作詞作曲。
跳ねたリフからメロディーの運び、シンプルな構成までやたらとツボにハマる曲でした。初披露ライブを観てたけどそのときから好きな曲。
世代的なハマり感があるんだけどそこは突っ込んじゃいけないところかな?

◼WALCALLOID/里咲りさ
シンガーソングライターのシングル表題曲としてまさかこんなトラックの曲がディスクの最初に置かれてるとは!っていう先入観から来る衝撃もさることながら、ハナモゲラまでそのまま作品化している自由さがまた気楽な感じの気持ち良い空気感を増幅している。
お洒落だな~!代官山のカフェはこの曲を流せ。

◼剣道少女/ノンシュガー
平均年齢が若すぎるグループには興味を示さないのですが、ライブを観る機会があり面白いなと思ったので。
こってこてのパステルカラーロリメイド風衣装なのに曲はモロに和風でストイックな剣道ソング。衣装は衣装でその方向に突き抜けてるし、曲は曲で衣装に寄せる気配もないという、どちらにも振り切ってる感じが気持ち良いですね。ギャップを埋めようとすらしてないこの感じ!

◼beautifulさ/BiSH
エモい曲多々ありますが、特に泣けてくるのがこの曲。歌ってることは至ってシンプルですが、言葉選びのマインドがBiSHならでは。これがまた深く効いてくる。
音域狭めで口ずさみやすい曲でこういう歌詞なのがとても良いです。

◼ぼっちコネクト終/ぜんぶ君のせいだ。
なんやかんやありましたが、、シングルのクオリティがとても高いなと思いました。病み方面にエモ度が高い「無題合唱」と迷いましたが、この曲に。
可愛さだけでなく、随所のコーラスが胸を突き動かしますね。でんぱの好きなところってこんな感じだったなあと思いつつ、それをよりあざとくやってる感じ。あざといのは好きです。

◼ギザギザフリーダム/ゆるめるモ!
前のめりな推進力のある曲。こういうの好きです。コーラスパートから畳み掛ける終盤も、4人以上のもっと巨大な存在としての勢いとかエンジン感とかあるように思います。
メンバーも演奏に参加しているものの、どこからどこまでかはよくわかりません。

ちちんぷいぷい♪/妄想キャリブレーション
メジャーデビューしてから衣装の雰囲気変わりすぎて戸惑った人は少なくないはず。しかしそんな衣装もライブで曲を伴えばバシッとハマっている。が、それはそれでどうなん……と思いきやサビまで辿り着けばしっかり妄キャリ印な吸引力。
元々EDMとかけ離れた音楽性ではなかったので程よく引き離したところで作ったな、と思います。良い曲です。

27 妖怪人間、人の暮らしを目指す。の巻

休日、余りある自分の時間があまりにも死んでいやしないか。

ってことで、定期の更新を忘れて乗れないバスの通り道を家からずっと歩いて更新して、その足でふと思い立って久々に劇場で映画を観てきました。

「ファンタスティック・ビースト」

あとやってたらそのうちどうしようかなーうーんと思っていた、

君の名は。

明日で公開終了というから、仕事で行けないし、迷うくらいならとぶっ続けでこの2本観てきました。

「ファンタスティック・ビースト」は主人公の名前を聞いた瞬間にマニア心が騒ぐ(そんなマニアでもないのですが)、他にもそんな要素が盛り沢山。ハリー・ポッターが生まれる70年ほど前の話。もちろんシリーズ知らなくても楽しめるエンターテインメント性の高い作品でした。
ハリー・ポッター本編の舞台がイギリス、今作の舞台がアメリカということで、内に向かう空気感を感じた本編と違って、開放的でどこか少しだけ陽気な、ハネた暖かみのある作品で、そういう意味では同系列ながらもだいぶ違った雰囲気だったなと思います。UKロックとUSロックの違いと似たようなものをそのまま感じました。わかりづれえよ。わかりづらいことを書く人間は頭が悪いです。
ちなみに吹き替え版の声優陣も豪華で、どうしたら宮野真守みたいな声になれんだろうな……とか海馬社長!!とかいろいろな雑念という華も添えてくれましたね。やはり3Dがおすすめ。

君の名は。
スタイリッシュ根暗・弱酸性青春アレルギー・マイルド社会不適合者・妖怪人間・ソフトサイコパス・恋人はバイト代……などなど種々様々不名誉な肩書きを自称している自分としては、「もう青春モノ観て胸いっぱいになるなんざ細田守映画だけで充分だぜ!!と食わず嫌いしていたのがこの映画です。
昔に比べて反マジョリティ精神がだいぶ抜けてきて、大衆的に生きられる人のほうが尖ったこと言ったりやったりしてる人よりよっぽどすごいんじゃないかと思ってもうひねくれるのなんかやめたいんだよって思ってヒットチャートとかにも興味持ち出したところでやっぱり観なきゃなって気持ちが瀬戸際で勝った、みたいな。嫌うなら食って嫌えって自分が自分に昔から言ってきたことだったじゃないか。だから胸張って「きのこ嫌い!」って言えるんじゃないか。って初心思い出して。
て迷いの中、職場でまだやってるっぽいと聴いて、そんな折に映画館に来たわけでタイミング的に逃さないほうが縁に忠実かもしれない!と思い、ついに観るに至りました。前置きの方が長くてうんざりしますね。わかる。

……すごかったです。脳の全部位が冴え渡ったまま涙が出そうになってました。しばらく。
夏の映画なのにこんな師走の毛先までやっててくれて本当によかった……
うまく言葉にならないですね。映像にもグルーヴってあるんですねやっぱり。
すげー!もある程度まで来ると感想文なんて大して書けないっすよ。ね。

「何回か観なきゃわからん」という前情報に対する策として「最初から全神経張り巡らせて思考と感性を同時にフルスロットルにして観る」というけったいな鑑賞法を実行し、おかげさまで全貌はほぼほぼ掴めました。2回目観なくても大丈夫。あとは製作者の思想を掘るのみ、というところ。
行動原理において縁を大事にする(「これも何かの縁」というふわっとしたものを強く意識するタイプの人)自分にとって、興味深く観れた作品でもありました。何回も観るより、日本の信仰(地方別にも)について勉強したくなりました。

スマホを捨てよ、町へ出よう。って感じ。
(チケットはスマホで買いました)
(劇場窓口の前で、オンラインチケット買って、自動発券機で発券するという…)

ソロ充レベルどんどん上がっとるで。


Facebookのコピペ

26 バッカ

さよならだけが人生さ、と言わんばかりの退陣劇の嵐。そんな今年です。自分もかな??

アイドルなんてすぐにいなくなっちまうよ。
ブクガの和田輪は前の所属の卒業時に「いつまでも いると思うな 親と推し」と詠んで消えていった。このことはいつまでも語り継ぐ。

アイドルじゃなければいつまでもいてくれんのかな、ってこともなくなってしまった。どこもかしこもさよならばっかりだ。だって人はどこかに行かなきゃならないだろう、幸せに向かって。全人類同士での結婚はできませんのよ。

ゆるめるモ!はあと何年続くのか。永遠に続いてほしいな。死なない思想であってほしい。思想の具現者であってほしい。

たくさんのさよならに対して思いを馳せるだけなのか。
想うところが強くあればその炎は消えず、頭の上辺では忘れたと思った頃に不意の再会が待っていたりします。数年ぶりの友人に会うことも多い最近です。

ねえ、今生の別れでもあるまいし。ってことなんですよ。

25 ゆるめるモ!のワンマンに頭が追いついてない話

原点回帰

ゆるめるモ!
WE ARE A ROCK FESTIVAL TOUR FINAL -Return To ZERO-

手放しで賞賛していいライブかと言われると、どうも首の動きが小さく小さく小さく縦横無尽になる。なんだか少し困惑している。
ゆるめるモ!の向かう先はどこなのか。届けたい''音楽''のその実とは何なのか。

これは一ファンの戯言であり、参考になる要素は微塵もなく、ライブを最高に楽しんだ人たちには水を差す記事でしかないかもしれないし、全開の主観による勝手な物言いに過ぎないことを念頭に置いてこの先は読んでほしい。
メンバーはむしろ読まないほうがいいかもしれない。2ちゃんねると同じで、良い意見をひとつ聞くために見当違いな批評をいくつも見るかもしれない。あとすげー長い。メモ帳3件分。

とりあえずはライブレポートの体を取る。
この先書き進めていくなかでどうなるかは自分でもよくわからないが、結論だけ先に言っておけば自分は他界することはないし末永くゆるめるモ!の応援を続けていくのだと思う。その上でしかし脳内に渦潮が多発しているのでこんな形で書いている。

とはいえこれはもわっとした霞に紙を押し付けてその実を書面に残そうとする行為に等しく、こんなふわっとした意見・見解に価値があるかと言われれば甚だ疑問だし、なんならこの長い前置きでうんざりして読むのを後回しにした挙句そのまま忘れてほしいくらいかもしれない。免罪符はここまで。あとは勝手なことばかりひたすら書くので以後よろしく哀愁。お前は何歳だ。そしてなんとも卑屈な前置きだなァ、オイ。







全曲バンド編成という形で、「第一章総集編」と銘打ちフルオケでの全曲ライブとなった新木場ワンマンとは当然のごとくまるで違うライブになった。
メンバーによる演奏もあり(ローファイではあるもののバンドとしての出来は2年前のリキッドでの演奏披露とは一線を画すものであった)、バックバンドも含めたバンドとしての「ゆるめるモ!」の姿を提示してみせた。

セットリストは下記の通り。

1.ゆるトロ(4mation Remix)
2.逃げろ!!
3.はみだしパラダイス
4.めんどいしんどいPUNKするか
5.よいよい
6.SUN SUN SUN
7.サマーボカン
8.あさだ ※
9.ぺけぺけ ※
10.KAWAIIハードコア銀河 ※
11.ナイトハイキング ※
12.人間は少し不真面目
13.もっとも美しいもの
14.OO(ラブ)
15.ゆるビスタ!
16.ギザギザフリーダム
17.Hamidasumo!
18.スキヤキ
19.たびのしたく
20.Only You
21.id アイドル

En1.SWEET ESCAPE ※※
En2.manual of 東京 girl 現代史
En3.なつ おん ぶるー

※…メンバーによる生演奏
※※…バックバンドにメンバーを加えた全員による生演奏

のっけからいつかのワンマンレポートで誤記されていた「ゆるトロ(slo-モ!)」の生演奏がついに実現する。音出しをハシダさんが行うのもこの目で見た。
後々関係者がツイートしたところによると、正式な表記は不明ながら「4mation Remix」というニューバージョンであることが判明した。バンドの演奏も加わり、メンバーの名前をコールする箇所もあるらしい。いつものゆるトロかと思ってたから気がつかなかった。しかし確かに尺が変わっていたのは覚えている。


オープニングを飾る「逃げろ!!」で既にフロアはぐちゃぐちゃに。
''原点回帰''を掲げる上で何を選曲するのかは非常に気になるところであった。リキッドルームをその場に選んだことから「Majiwaranai CAts」(※2年前のリキッドワンマンの1曲目)か、ゆるめるモ!のすべてとすら言えるサイネージソング「逃げろ!!」か、と予想していたところで後者が来た。
ミニアルバム「WE ARE A ROCK FESTIVAL」を引っ提げてのツアーのファイナルであったが、なんと収録曲のほとんどをセトリの前半で消費している。単なるリリースツアーでないという、その意気込みが伝わる選曲となっていた。

メンバーによるバンド(以下、ゆるバンド)演奏で披露された「ナイトハイキング」では照明を極力落とし、蓄光仕様となっていたリストバンド(※入場時に配布、ロックフェスを彷彿とさせるプラスチック製のもの)を観客に掲げさせ、幻想的な星空をフロアに演出する。元々が名曲だが、ゆるバンドアレンジも秀逸な出来であった。
お楽しみ要素の範囲を超えて、ローファイ・バンドではあるものの4人の濃厚かつ混ざり合わない個性が音にも現れ共鳴、独自のグルーヴを生み出しつつある。本来ゆるめるモ!はスタートからここに来たかったのかもしれない、とほのかに感じた。
これまでにゆるバンドで演奏されていた「ゆるゼロ」や「リキッドルーモ!」といったゆるバンド用楽曲は披露されず(リキッドルーモ!やんなかったなそういえば…)、既発楽曲からのしかもニクい選曲もまた今後への気概を感じさせる。

今回のバックバンドは母体は変わらず箱庭の室内楽であるものの、これまでのワンマンライブのような大所帯編成ではなく最小限のシンプルな構成。
エモーショナルに展開してゆく大作シューゲイズ・ロックバラード「人間は少し不真面目」で見せたグルーヴは原曲の力を差っ引いても感動的ですらあった。前半のハイライトである。

続く「もっとも美しいもの」はギターによるノイズテイストを付加したアレンジに。
ex.スーパーカーのナカコーによるこの楽曲は、ナカコーが8時間ほどもスタジオに篭もり、さながら研究者のように低音を徹底的に作り込み、ライブハウスで鳴らしたときに立体的な音像になるように製作されたのだという。イヤホン・ヘッドフォンや部屋で鳴らす程度のスピーカーではこのサウンドの全貌は味わえないわけだ。
その点を考慮すると今回のアレンジは挑戦的で面白かったが、オケで鳴らされているベース音の音像がぼやけ少し残念でもあった。
フルオケのライブでじっくり聴くとパートごとに音の形が違うのがよくわかるので、いつもケチャに心を込めて観ている方は一度何もせずただ聴き入ってみてほしい。
しかしながら終盤にかけてのバンドサウンドとの融合はかなりのエモさを見せた。Zeppのバンドver.初披露からバンドアレンジは原曲トラックに対する「足し算」となっているが、足し引きのメリハリや繊細さが追求されることで深化してゆく可能性を秘めている楽曲。

「OO(ラブ)」「ゆるビスタ!」とゆるめるモ!屈指の美しい楽曲達が並ぶこのパートを経て、ライブは後半戦に突入する。

「Fredom Melody~」の大合唱を煽るここ最近の起爆剤的に利用されてるっぽい楽曲「ギザギザフリーダム」、メンバーが煽るコールを無視して好き勝手「イェッタイガー!」連呼などやってる人達もいたが、なんだかこの自由度があまり気持ちの良い温度差には思えず、会話が噛み合っていないかのような寂しさを感じてしまった。クレバスが見え隠れした。
楽しみ方は自由だが、メンバーがやってって言ってることくらいやったれよ、と思う。今回に限らずたまにこういうことはある。メンバーの盛り上げようという努力を茶化しているように見えてしまってどうもあのノリは苦手だ。ミニアルバムの中でもとりわけ好きな楽曲だっただけに残念。

「Hamidasumo!」「スキヤキ」、ライブでも定番のアッパーチューン&ミニマルダンスナンバーで過去に幾度も生演奏されているのだが、演奏面で不満が残った2曲である。
バンド演奏による「Hamidasumo!」のライブテイクを良いと思ったことが実は一度もない。とにかくギターの音量が小さい。ましてや(今回は違ったが)cinemastaffの三島想平さんがベースで参加した際には三島さんの出音が圧倒的すぎてギターの音がすべてかき消される。リリースされるライブ音源のミックスの問題かと思ったが、実際のライブ(最初の検証はZepp DiverCityワンマン)で耳を済ませてもやはりギターが小さすぎる。完全生演奏化したZepp DiverCity公演ではより顕著となり、シーケンスで原曲のギターテイクを重ねて流していたと思われる赤坂ブリッツワンマンのほうが幾分マシというレベルである。ベースとシーケンスの電子音リフくらいしかまともに聴こえてない。
「スキヤキ」に関してはシンプルに、やはり三島さんでないとパワー不足、という印象を受けてしまった。本来、サウンド面では凶悪なまでに腹に響くベースとバスドラのミニマルなグルーヴがたまらない一曲である。


ゆるめるモ!は、元々曲の良さに着目しそれをメインで''聴く''ことを楽しむ''楽曲派''というオタクの種を示す言葉を自ら名乗るレベルで楽曲にこだわっていることが特徴のひとつ。そのディレクションに興味を示し、様々なミュージシャンが楽曲を提供してきた。
本当に幅広い層から楽曲提供を受けていて、それを1人のバンマスが取り仕切ってひとつのライブを構築する。ミュージシャンは各々キャリアや思考によって音に対する考え方や取り組み方、経験したステージの規模やスキルもまるで違うわけで、それこそライブでの出音なんかも全然違うわけで。
で、楽曲派アイドルグループなだけあってどの楽曲も録音のクオリティが高い。当然ライブハウスで鳴らせば極上の体感。
さらにバンドとアイドルの差、それはフルオケでライブをすることが許されているということ。

これ、何が言いたいかっていうと、、、うーん……原曲以上の再現ができないならバンドセットでやる意味ないんじゃね…?っていう。「Hamidasumo!」なんかはこう言っちゃ悪いですけど原曲の旨味を出し切れてないなあ、と思いますし。。
バックバンドの母体が箱庭の室内楽だからかハシダさんが書いてる曲は気持ち良く聴けるんですが、松坂さんやハヤシさん(POLYSICS)楽曲の再現やアレンジには苦戦してるように思えてしまいます。「生きろ!!」が生演奏レパートリーに一度も入っていない点でも邪推してしまう。
「生きろ!!」「転がれ!!」「はみだしパラダイス」「ゆるビスタ!」で痛快なギターを聴かせている藤井健太郎さんをリードギターに迎えるだけでサウンド面の問題はほぼほぼクリアできる気もしますがそこはまあ諸々各々の都合があると思いますので。。

反面、「たびのしたく」なんかは圧巻の迫力で、何がこの差を生んでるのか結局のところよくわからなくなる。
ちなみにラストの振付から繋げて「Only You」にパキッと切り替わるのだが、「はあああああああああああ」と来たものだから「Majiwaranai CAts」かと思った。ちょっとだけ遅くなってたから余計にそう思った。あれもうそんな終盤だっけ、となったがそのボリュームから終盤感とかわからないことがあるのもゆるめるモ!にはよくあること。

とりあえずでも本当に言いたいことはバンドのクオリティどうこうではなくてですね。。。ここまで来たらもう少し我慢してください。

アンコールで披露された「SWEET ESCAPE」、これが間違いなく今回のハイライトとなった1曲。
歴史を辿れば元は2013年リリースの1st EP「New Escape Underground」(※「HELLO WORLD EP」はシングル)にNEU!のオマージュとして収録された10分にも及ぶ怪作。実はプロデューサーの田家さんが歌詞を手掛けている。その長さゆえに振付の披露まで3ヶ月掛かったというエピソードも。
2014年、箱庭の室内楽とコラボレーションしミニアルバム「箱めるモ!」をリリース。これを機に行われた対バンライブではステージでもコラボ。バンドはこの楽曲にノイズという新たな提案をする。
後に世界的ノイズバンド・非常階段とも同曲をパフォーマンス。以降バンド編成による大規模なワンマンでは非常階段のJOJO広重氏をゲストに迎えたノイズアレンジが定番となり、このノイズミュージックとの融合を以て完成された曲と言っていい。

一方、先の新木場ワンマンでは初披露以降日の目を見ることがほとんど無かった、アウトロで制服のような衣装をメンバー同士が剥ぎ取りあい、最後に黒のワンピース一枚だけになるという演出が再現された。己の中身を晒け出す意味合いがあり、衣装もこの演出専用のものである。

今回のリキッドルームではバックバンドに加えメンバー全員が演奏参加するという特別編成での披露となった。
Zepp DiverCity公演での洗練された演奏とは一転、ローファイながらも熱量と衝動を感じる重厚なパフォーマンスはジャンクながらも強烈に叩きつけられる。
途中さささがドラムスティックを借りけちょんと一緒にシンバルを叩いたり、アウトロではハシダさんのギターとベースを交換しあのちゃんと背中合わせでギターバトルを展開するなど、奔放かつ陶酔的なロックショーが行われていた。赤い照明もナチュラルにステージを照らす。
''ロックバンド''ゆるめるモ!の姿がそこにはあった。本当にカッコ良かった。1曲だけ映像化・音源化されるとかになったら間違いなくこのライブテイクを熱望する。

本当にカッコ良かった。本当に。本当に熱いステージだった。
……でも待てよ、って話である。
「この曲が決意表明」だとなぴちゃんは言っていたが、この「SWEET ESCAPE」から察するに、今後のゆるめるモ!はバンドになるということなのだろうか…?という話。

「WE ARE A ROCK FESTIVAL」はロックフェスをテーマにしたコンセプト・ミニアルバムである。屋外のフェスが映える熱く、あるいは陽射しや夜風の心地良さを感じられる楽曲達が収められている夏にピッタリの一枚。これさえあれば引きこもりでもおうちで夏フェスができる!という傑作である。

これが今後の方向性です!なのか、これはコンセプトアルバムなので次作はまた従来のゆるめるモ!らしく色々やります、なのか。
期待したいのは後者なのだけど、もう誰も抜けることはないだろうと思われていたこのグループから、振付師兼エースかつグループのアイコンアイドルとして重要な役割を果たしてきたもねと、最年少ながら独特の歌声とその歌唱力で楽曲を支えてきたちーぼうが卒業するという衝撃的な展開を迎えた上半期。
今後ゆるめるモ!が向かう方向はあくまでもアーティストとしての、バンドとしての音楽の追求なのだろうか、と。

「Hamidasumo!」にしても「スキヤキ」にしても、それならそれでアレンジといえばそれまでだし、再現しきれないジャンク味もテイストとして受け入れられる。
ただ高品質なトラックを提供してきたゆるめるモ!が今になってやることなのか?との疑問も残る。

自主製作の最高峰、稀代の名盤となった2ndフルアルバム「YOU ARE THE WORLD」を聴いて、今後は多少コアなファンを差し置いてもよりポップな方向に舵を取るものかと思っていた。
ゆるめるモ!の核は「逃げろ!!」であり、裏テーマ曲とも言える「私へ」であり、各曲に一貫して描かれている「自分を大事に」という主題を、世界のどこかで窮屈な思いをして苦しんでいる人達に届け救ってゆく、そういうことだと思っている。なんせ「YOU ARE THE WORLD」の1曲目「モモモモモモ!世世世世世世!」を以てゆるめるモ!はその役割を担ったヒーローに正式になったのだから。

そういう意味ではでんぱ組.incがブレイクしたある時期から客層を「弱い人」から「強い人」に切り替えたように(メジャークラスで''売れた''といえるステージに上がるには必須の路線変更なのかもしれない)、そこをゆるめるモ!は「フェス」というコンセプトを用いて器用に舵取りを行おうとしているように見えて(なんせ「弱い人」を客層から切り捨てたら、ゆるめるモ!ではなくなる)、好意的に受け止めることができた。

それらのことを踏まえると、ローファイでジャンクな旨味を聴かせたリキッドのライブは、より広域なステージへ行くというよりも、本当にタイトル通り''ZEROに戻''って、その上で違う道を行こうとしているようにも見えた。地下世界独特の雑多な味、泥臭さ、そこからまたはじめようとしているような。
アイドルとしての華すらも捨てようとしているような、インディーズバンドとして再起しようとしているような。

事実、今回のライブ演出は本当にシンプルだった。
オーラスの「なつ おん ぶるー」こそ恒例の(グループカラーの黒+旧メンバー分もすべて含めたメンバーカラーの)カラー風船と数多のビーチバルーンがフロアを舞ったが、映像や特殊な照明なども使用されず、アイドルのライブにしてはずいぶんと殺風景だな、と思ってしまった。

メンバーの魅力・スキル共に以前とは比べ物にならないほど向上している。ステージオーラもある。
ただ、アイドル・エンターテイメントとしてはあまりにも泥臭すぎやしないかと思った。
ゆるめるモ!サイドがバンドだとかロックアーティストとしてやりたくても、お客さんはあくまでアイドルのお客さんなのだ。その齟齬を感じたことはこれまでにも多々ある。もちろん音楽好きなオタクが多い現場なのも確かだが、根本を今から立て直すつもりなのか?と少し困惑もしている。

それに、ゆるめるモ!のテーマ性からして、バンドの迫力で音楽をやっていくことが果たして正解だろうか。真髄となる歌詞がなに言ってるかわからなくてもサウンドで圧倒して熱狂を巻き起こせばいいのだろうか。
音のバランスが精査されたハイクオリティなオケに乗せて、歌を届ける力を磨いてくれたほうが、なんならアコースティックやリーディングでじっくり歌や歌詞を聴きたいと思うこともある。

圧巻だった「SWEET ESCAPE」、ニューウェーブ的な姿勢に決して砕けない鋼鉄の芯を通すことを宣言するかのような頼もしく嬉しいパフォーマンスだった。
ただその上で、ゆるめるモ!がやりたいことがどこまでファンと共有され、どれだけ同じ方向を向けているんだろう?という疑問にも苛まれている。

最近あまり行けてないからわからないだけなのかもしれない。でもだとしたらそれだけでわからなくなるくらいのものなのかとも思うし。。

より広いフィールドに出るべき時によりコアな方向に行ってしまうんじゃないかという不安と、逆にコアな方向に進んだほうがかえって広いところに出れる策があるのかとも期待できる。
メンバーのことも運営チームも信頼してるから、これからのゆるめるモ!を見守る中で答えを探すしかないのだけど。


……ちょっと予想外の動きをされたり今まで観てきたゆるめるモ!とだいぶ違う感じだったので今後どうなるねんわからへんオロオロ… ってなってるっていうお話になりました。。
少なくとも9月に新宿ロフトで見た4人の姿は圧倒的なカッコよさで、この時点であれだけのものを見せてくれたのだから、そしてリキッドではあの「SWEET ESCAPE」を見せつけてくれたのだから、きっと何かを成してくれるんだと信じています。