62 『秘密の花園』

RooTS Vol.5「秘密の花園」
作・唐十郎
演出・福原充則


他人のススメで観たり聴いたりとかそこまでしない人なのですが、話を聞いてからなんだか無性に気になってチケットを買って観てきました。
唐十郎作品を観るのは初めてです。福原充則演出は7年ほど前に「墓場、女子高生」を観たっきりです。すさまじくフラットな素人観劇でございますが(これは自分が常にしていたいものですけれども*1 )、観終わってすぐの感想を書き殴ります。
ちなみにすぐって言いながらも寝る前とかに追記補記を繰り返していました。大人ってずるいですね。平面の裏側って見えない!





純粋とはもっともおそろしくおぞましく奇跡がおきたように狂った清潔であるようです。でもたとえば「常」といわれるものら(常人とか常態とかですよ)が店に並ぶ宝石だとしたら原石ってもっとその表面は八百万の冒険小説をアトランダムにリミックスしたやつみたいになってるはずじゃないですか。整ったかたちの方がよっぽど異常かもな、とか。「純粋とはねじれた形のことだなァ」とか言うこともできるんでしょうけど、それはうそつきみたいでなんかいやです。それをうそだと知らないうそつきみたいで。

ボロアパートの一間でなんだかSASUKEをブレイクなしで一気に突き進むような言葉尻を掴んでは飛躍させまくるさながら猿とウォンバットとハイエナを掛け合わせた魔物が空に浮かぶ島に鬱蒼と生い茂る異常成長したジャングルの巨木群の合間をデタラメに飛び回りながらも何気にちゃんとエサは狩っているような会話が延々と続いていて、もう「ボロアパートに白熱灯か蛍光灯以外の灯り」だけですべてが滑稽になるというのにそんな調子も乗せるので挿入的にでもなくあっさりと超現実がキマっている風景。そんなものをやわらかにケラケラ可笑しいなァとぬる~く観ていたら、この世に穴をあけたような刹那が突然来てぐわっと汗をかきました。もってかれたってのはこういう感覚のときに使う言葉です。辞書に載せてくれ。
空想も現実も仮想世界も瞬きもせず見ていたのにセル画の2枚目に突然ひび割れた大穴を書き足すような慇懃無礼な崩壊と空洞、闇な宇宙をぽっと置いてしまったような昔のアニメの作りの中にぶちこめる瞬光的ワンカット。なんだこいつ的な。ポカンとまぁしてやられたわ的な。もちろん演劇だから積んだ先を観に来てるところがあるのですけど、あそこまでエクストリームワンダーランドしてたものが心臓を直で殴るタイプの共感可能な現実の展開に一気に収束したもんで、たぶんあの瞬間に1kgほど痩せてる。


休憩が明けて後半、なにやら差し戻された空気の先で、結果としてそこにはこの世のぜんぶがあった。パンフレットで語られていたことを心と脳の深いとこのすごく妙な形をした臓器みたいな芯的なところでわかってしまった。これはあくまで「自分には自分のワカリがある」という前提なのでワタクシの世界の話でございって感じなので、黙って聞いてください。人の感想ってのはそういうもんですよね。誰しもさ。



隠しているぜんぶ隠している。みんな隠している。俺も隠している。最期までわからない。狂ったように見えるただの純粋さんが意志と理性を以てぜんぶを終わらせた最期になるまでわからない。あとたぶんふつーという混沌の最期ならそれはわからない。


まっさらなグレーのスーツは自分の脳とか心臓をはじめとした広範囲に除夜の鐘でも貫くのかってくらい太い釘でぶっ刺された日に寝て翌朝起きてあたりまえに来る次の日の違和感を感じない違和感すら感じない寝起きとりあえず口ゆすいで水飲んで仕事行かなきゃ飯食って着替えてああそろそろ遅刻しそうだやっべえゴミ捨てしてる暇ねぇわ来週になっちゃうつらっみたいな朝と同じだった。

思えば自分にも異世界のような時間を過ごしたことだってあるのに、あっという間にただの思い出じゃないか。劇中ではあんなにわけのわからない魔界みたいなことがあったのに(あれはでも万象の皮膚剥いだ肉とか臓物ってこういうことじゃないか)あっという間にただの思い出じゃないか。わけわかんねえがあっという間にわかってしまったじゃないか。その瞬間瞬間については超現実とか言ってたくせにつらつら談笑の中で語れてしまう思い出にすっかりなってしまってるじゃんと思ったら、あっという間にと金が歩にひっくり返るがごとく先刻の魔界が浮世に成り下がってきた。*2

なんやかんやしといて結局ほうほうラストはロマンチックに向けたりあざといことする感じの感じになるかと人気のない駅の高架と曇り空とぬるい風も吹かないライトグレーの感傷風なノリの先、最後の最後の最後の最後で突然来るあの瞬間は人生で何度か起こるあれじゃないか。油断したところでなにか仕掛けてくるだろうとは思っていたけどすんげえ重い一撃もらいました。音だけで。


ふつーの暮らし。よくあるイッパンテキとかいうやつ。なじむべき社会。ないしはレゲエでいうところのバビロン。しくみのなかで生きる方法ちゃんと知ってるみなさん。家庭と地域と義務教育と高等教育と社会勉強をちゃんとあるいたみなさん。あるけたみなさん。すっかりねじ曲げられてしまってんだね。
ありのままの自分とかさー幸せとか、あー自分には自分のためのえげつない4Dダンジョンのような道があるもんなんだね。無理です。無理です。いまさらです。だれもがみんなかなしくなるわけじゃないけれど、何重にも何重にも肉で皮膚で服で布団で鎧で核シェルターで隠し切れた人がそれなりにふつーと言われる幸せを手にしてまぁそこそこ幸せですかねとか言うし多少なり闇を抱えてでもやっぱり肉の下のことには気付くことすらないんだなそれがいいかどうか自分は知らない。
自分に対して正直なものでまったくうまく生きられないから社会のなかではゴミだなぁと思うしでも一方で社会除いたらまぁそこそこじゃねとか思う自分ですけど(生物の本能とかで考えると非道い不義理を働いてきた自分ではありますが)、いろんな層をめくり続けてそれでも自分が素直に喜べる世界はいちばんギラギラした歳のロックスター(それもメロディーの美しさなんかより速弾きやノイジーな奏法をキチガイのように好むタイプ)のアドリブ全開の10分に及ぶギターソロのように異常に縦横無尽で重力の概念すら無視したギャラクティックで炸裂的な一本道しかないのだなって思います。

小学生のころ、指のつけ根のあたりにかさぶたができました。
ポリポリ掻いて、そのうちかさぶたを剥きはじめて、何日も剥き続けて、できかけの体液の凝固すらも取り除いて、いつしかヤバいなって思うところまでいったとき、白いものが見えました。軟骨ってやつでしょうか。さすがに現代社会の文明下に生きるこどもとしてというか人間(社会的動物)としてヤバいなと思ってすぐにばんそうこうを貼りました。
自分はずっと世の中に対してそういうことをしているのかもしれません。観るもの、触れるもの。フィルターをはずした最後の最後がみたい。だいたい同じものなんじゃないか。世の中のことってほんのいくつかが無量大数のバリエーションで虚飾されてるだけじゃないかって。理由がなくなるラインとか。

だからそんなことを「秘密の花園」から嗅ぎ取ったりするのかもしれません。めくってしまったなぁ、的な。めくられてしまったぞ、的な。全体像的には肉の下の細胞やきもちを見るために服を脱がす、そのために部屋で二人きりになる、そのために口説く、そのためにetc.etc......みたいな。これ別にそんな猟奇的なサイコサスペンスの話じゃないんだけど。あのー構造的なところで。

なにげなく死んでいた日々の風景がうぞうぞと動きだしそうで週明けの仕事に行くのがちょっとこわいです。

*1:知識ある立場から比較や考察・論評をして、ネイキッドな感受を阻害されるのがいやなのです。それはしばしば「作品の本質」を見逃すことになるからなのです。なにか作品に触れるにあたっては(それがパロディなどを楽しむものでなければ)自分という人間の中に築き上げた文化すらフィルターとなって心の眼を阻み、邪魔であることのほうが多いように感じます。

*2:ちなみに実際の将棋ではと金は歩に成れない(戻れない)そうです。

61 インフルエンザでもみあげが大変だった

ここ何年かのインフル、熱がそんなに高くならないと聞いたのでそれ以外の症状で判断するようにしてます。

風邪っぽいとかなかなか熱が下がらないとかお腹下してるとか頭痛いとかありますが、一番の決め手は「どこをどう使ったらそんなとこ痛くなるんだよ」という部分の筋肉の痛みが続くことです。
だいたい病院行くと「熱そんなにないしなぁ」とインフル検査別によくね?みたいな雰囲気を先生醸し出されるんですが、この自己基準を信じてうるせぇ検査しやがれくださいとお願い申し上げるとだいたいヒットするのです。今年もインフルになりました。おそらく2日か大晦日あたりからです。

インフルは大変ですよ。一番しんどいときは悪夢を見ます。寝てるのか起きてるのかわからないやつ。
今回は喘息と併発していたこともあり、呼吸が浅いので夜中ベッドで三枚重ねの布団にくるまりながらしかし寒気に震えながら息吸ってうめき声吐くみたいなことをしていたわけです。で、そのたびになんか身体が横に細く千切れてく感覚があるんですね。おぞましいですよ~。
で、しかもなんか作業みたいなんです。進捗がある。終盤に向かうにつれて、だんだん千切れる感じのものがなくなってフラットになってゆく。終わってみれば皮剥きのような。どうやらこれは体温が上がって楽になるまでの進捗だったようです。でもほんとあれは寝てたんだろうけど寝た気がしませんでしたね。

アトピー性皮膚炎がありまして肌が弱いのです。しかも野郎なのでヒゲ剃りを日々欠かすことができません。しかし、ヒゲというのはある程度伸ばして剃ったほうが肌へのダメージは少ないのです。これはとても大事なことなのです。ゆえに家から一歩も出ない日は髭を剃らないでおくことにしています。病気療養中ならなおさらに。
今回は過去最長、5日間伸ばしました。初めてゴリラに遺伝子の繋がりを感じました。ウホりみがありましたよね、やはり。

で、剃ったんですついに。おかげさまで剃り跡はしっかりツルツルです。とっても気分がよござんす。
ただひとつ問題があって、ヒゲが伸びまくったことで元のもみあげの位置がよくわからないという事態に陥りまして……
よく見たら残ったもみあげに斜めの切れ込みが見えるんですよ。あれ?元位置ここじゃね?的な。確かにいま残ってるもみあげ死ぬほど変だぞって思ったし、つけもみあげ貼り付けてるみたいで。
で、おそるおそる、剃刀の幅と耳に気をつけながらがんばって切れ込み的ラインから剃り落としました。人間利き目ってのがあるそうで、右のもみあげはわりとよく見て剃れましたが、左のもみあげは不思議と左目がまったく視認しなくて大変でした。ちなみに利き目はトイレットペーパーの芯を覗いてみるとわかるんですが、そのとき無意識に使ってるほうの目だそうです。


ほんとにねえ、大変だった。インフル。もみあげの調整が。あと一応寒気とか食欲不振とかも。
タミフル飲んで寝るのが一番回復早いんですけど、もみあげだけはタミフル効きませんからね。リレンザもダメです。普段からもみあげのラインはちゃんと覚えておこうと思いました。

60 ・・・・・・・・・の曲に別詞を書いてみたので解説

定期公演で・ちゃんたちが持ち曲に別歌詞を書く企画。便乗して2曲ほど書いてnoteに公開している。
動機はふたつある。「曲に言葉を乗せる」という楽曲との向き合い方をメンバーと同様のテーマで行い経験をシェアすることで内側からドッツを感じてみようとしていること、そして中二病が十余年治らず恒常的に詩作を続けてきた結果、ライフワークに近い趣味となり、ゆえに恰好の二次創作の機会となったからである。
考察の論文を書くことも、イラストを認めることも、楽器をもって再現や再解釈に臨むことも自分にはできないが、これなら自分なりにより深くドッツの創作へのコンタクトが取れる、そんな気がしている。

ここでは拙筆ながら書かせて頂いた別詞について解説や語りをしてみたいと思う。いささか野暮かもしれないが、、、

「マフラー」

https://note.mu/blu_01d/n/nfd2db5e3c670

「サテライト」別詞。12/21に書いた。
冒頭の「[H O L Y N I G H T]」がまずあってそこからそのまま書きはじめたもの。この表記自体はクリスマスの街の電飾看板をイメージしていて、まんま視覚的な風景として設置だけしている。歌になればモノローグ化する。以降はなるべくクリスマスソング的なワードを使わないようにしている。

高校生~大学生くらいの女の子をイメージしていて、黒髪を後ろで結んで紺のピーコートに赤いマフラーのイメージがあった。男女問わず友達もそれなりにいて、部活でスポーツをやっているような、世間で総合的にはリア充に分類されるごくごく普通の女の子が今年は一人でクリスマスを過ごすという、そんな設定が自分の中にある。普段は細かく登場人物を設定しないけど、なぜかこれを書くときは自然とイメージができていってた。

作詞するにあたり、実のところ歌詞をちゃんと読んだことないまま挑戦していて、「巨大怪獣」が出てきたのはオマージュではなく偶然。*1 「怪獣」って・ちゃんたちが歌ったらかわいい言葉だな、って思って使いたくなって入れてみた。この部分には別の一節が既に書かれていたけど「怪獣」入れたさのあまりまるごと差し替え。削除したのは「そろそろもう来年のことも考えなくちゃな とはいえど赤白緑 立ち止まってみる」みたいな感じだった気がする。
製作側の立ち上げてる・ちゃんたちの愛らしさ・可愛らしさのイメージと自分の中のイメージがしっかり噛み合っているような感覚があったり。

シューゲイザーサウンドとこのメロディーラインとBPMから「つよがり」を乗せたくなった。なのでこんな歌詞。1番のやたら詩的な言い回し*2から解けてセンチになっていく先で、1番の最後に出てきた「夜はやさしい~甘えてみてもわるくはないよね」はラストで使い回されるにあたりこっちではマフラー的な役割を持ったな、と思ったのでタイトルは「マフラー」。最後の最後であのフレーズを使い回したのは、その先まで書くのはこの曲の主人公に対して野暮だなって思ったからです。

「Nightshaker」

https://note.mu/blu_01d/n/n44606687b859

「きみにおちるよる」別詞。12/26~12/28で書いた。愛すべき赤の似合う推し・ちゃんの課題曲でもある。

タイトルはEarthshaker(=世界を揺るがすもの、重大なもの)から捩ったもので、「Starshaker」にするか迷った。*3
捩ったと言えば雨に関する言葉を捩ったフレーズも入ってる。(死の月*4とか)
星の軌跡写真を雨と重ねて強風と雨からはじまるイメージだったり雪解けや夜明けのイメージだったり地球の自転に取り残されて夜にうずくまってるところから走って朝に行くイメージだったりいろいろ混在してる感じ。

出発点にしたのはシェイクスピア悲劇「マクベス」の「one of woman borne」というフレーズ。劇中で魔女の予言の通り王になったマクベスは、同じく魔女から予言された「女から生まれた者(=one of woman borne)には負けない」いう言葉を信じる。これすなわちすべての人間を意味する言葉で、似たような言葉が聖書にもあり、ゆえにマクベスは自身の不敗を確信していた。*5
一方で 「女の股から生まれた者には負けない」という訳もあり、これ実は「borne(bornの古い表現)」には「自然に生まれた」というニュアンスが含まれ、それをうまいこと筋書きに合わせて訳そうとした結果のひとつだったりする。
マクベスと対峙したマクダフ*6はこれに対し「自分は帝王切開により生まれた(=自然には生まれてない)」と打ち明ける。つまり絶対と思われた(ないし勝手に思い込んでいた)予言を打ち破る存在で、かくして虚ろな確信を折られたマクベスは「運命は自ら切り拓く」と立ち向かうも討ち取られてしまう。

という話のこれは二次創作的にもなっていて、なにがしかの傷からより深い孤独に自分を追い込んできた主人公が「(絶望的な意味で)絶対と信じてたもの」を打ち破ってくれる存在に出逢い、自ら道を切り拓いていくようなストーリーにした。薄い本みたいなねじり方だなぁ。メンバーへの共通テーマが「恋」なので「恋の力で生まれ変わる」感じの話っぽく書いてるつもり。「マフラー」の主人公とは真逆の非リアの更生物語みたいな感じかもしれない。

サウンド全体にナイトフライトと星のイメージが強くあったので、原曲と使ってるモチーフは近いかもしれない。曲だけで世界観ができているから難しかったけれども言葉選びにそこまで不自由はしなかった。

*1:原曲の歌詞には「笑顔の怪獣」というフレーズが登場する。が、意識せずに書き上げた。

*2:ちなみに自分の中で「雪と言わずに雪を表現しようゲーム」が開催されていた。

*3:ぶっちゃけどちらでもいい。というのも話の地点を夜と捉えるか地球を含む星と捉えるかの違いで、そこは視点の違いだけで起こってることに違いはない。

*4:篠衝く雨から。

*5:マクベスは王になったものの自身の保身のために不安なほうの予言の種を摘もうとやたらと暗殺をしかけたり悪政を敷いたりして敵がけっこういた。

*6:マクベスに妻と幼い子供を殺された人。

59 音楽はスピーカーで聴くのがいいよな

期間限定フリーダウンロードという畏れ多いクリスマスプレゼントを投げ放った・・・・・・・・・、1stフルアルバムとなる「 」は音楽の聴き方の襟を正してくれるアルバムでもあった。

ライブアイドルシーンにおいて重要なのは音圧だった。
ライブにおいてCD音源を使い、かつ「沸ける」というポイントに着目すると、ライブハウスで鳴らしたときに音圧を稼げるミックス・マスタリングが暗に求められているのが地下アイドルシーンのここ数年かなと思う。J-POPにまで裾野を広げれば、95年頃に録音機材の技術革新があったとかで、そのあたりを境にあらゆるアーティストのCDの音量が著しく上がっている。ラジオ・有線でより人の耳に残るサウンドメイキングが以前にも増して求められるようになり、音圧を求めていく傾向は年々加速している。

この冬に届けられた音源の中でとかくこの音圧という点において印象的だったのが、B'zの20枚目となるオリジナルアルバム「DINOSAUR」、そして・・・・・・・・・の「 」だった。

「DINOSAUR」はB'z史上屈指の分厚いサウンドで録音されたアルバム。ディープ・パープルのようなクラシック・ハードロックを意識したとのことで*1、特徴としては空間に対するギターサウンドのレンジが非常に広い。重厚なアンビエンスが心地よく、今までで一番ハードな音作りのアルバムなのに聴き疲れせずすごく聴きやすいという一見両立しなさそうな質感を見事に実現させている。来年デビュー30周年を迎えるB'zだが、「DINOSAUR」で魅せた音作りはまさに熟練の極みといったところだ。

一方、再生環境によって聴こえは異なるが一部の楽曲にクリッピング・ノイズ*2が散見される。
このノイズ問題については様々な報告がなされていて、おおむねスピーカーやカーステレオで鳴らした場合には気にならないとする意見が多い。
ちょっと思い出したのが、T.M.REVOLUTION西川貴教の話。

西川 極端な話を言うと…音楽はやっぱりヘッドフォンじゃなくスピーカーで鳴らして聴いて欲しい気もするんだよね。我々制作者側が意図して作った音というか、スタジオでアレコレ言いながら作っている音って、やっぱりある程度は大音量で鳴らして聴くことを想定して作ってたりするから。

これは音そのものの話にもなるんだけど、やっぱり音っていうのは鳴らされた瞬間に、その場の空間が振動して伝わってくるわけで。普段あまり意識することってないけど、音が空気とか部屋の障害物とか、聴いている場所の広さとか形状とか、そういういろんな要素が混ざり合って音として認識するというかね。それによって音楽を感じる印象が変わってきたりするからね。


――その点でいうとヘッドフォンは…


西川 耳の中で直接音を鳴らすわけだから、空気の震えを感じることができないんだよね。もちろんそれはそれで楽しみ方としてありなわけだけど…スピーカーから鳴った音とは厳密には響き方が違うというか。

出典:【音楽好きを自称するのに音質にこだわらないのはNG!?~中編~】ウラノミ!! ブロマガ 第189発目

リスニングの想定はアーティストにもよるだろうが、作り手は様々な再生環境でテストをすることが多いという。スタジオのスピーカー、多種多様のヘッドフォンやイヤホン、THE YELLOW MONKEYの吉井和哉によるとiPhoneのスピーカーで鳴らしたときの音も実は大事なのだという。良い音はそういうので聴いても良い音だとのことだ。

これらの事柄は、本来、音楽はスピーカーで聴くべきものなんじゃないか、という意識が強くなるきっかけになった。先日の27時間テレビ内で放送された阿久悠の半生を描いたドラマでも、CDウォークマンが市民権を得はじめた時期に阿久悠が「音楽の聴き方が変わった」と指摘する場面があった。音楽は本来スピーカーを通し、不特定多数で聴くようなものだったのだ。
中高年のベテランミュージシャン達の少年時代、兄弟が聴いているレコードを盗み聴きしてロックに目覚めたという話をインタビューなどでたびたび耳にする。
CDウォークマンの登場以降、音楽は個人で楽しむ時代へと突入し、mp3プレーヤーやiPod、最近ではスマートフォンの高音質化も進み、音楽が個人消費の時代になって久しい印象を受ける。空間を伝う音が聴かれる機会は減ったのかもしれない。



・・・・・・・・・はというと、その楽曲の多くをシューゲイザーが占める。
シューゲイザーとはなんぞやというと、ほぼほぼ触れてきていないジャンルなので実のところさっぱりなのだが()、まぁかったるい専門的な言葉を排して言うとしたら「滝のようなギターサウンドの音楽」だろう。

個人的に人生五本の指に入るCDとして、数年前に廃盤になったダイソー*3のCD「瀑布のとどろき」がある。華厳の滝をはじめとする、日本が誇る名瀑布の水流の音をありのまま録音したネイチャー・サウンドアルバムであり、他に類を見ないヒーリング・ノイズアルバムだ。
滝はやばい。マイナスイオンがすさまじい。大学の時分に行った新潟旅行の際、少し山を登って小さな滝を見に行ったが、荘厳な景観と浴びるような水流の轟音に立ち尽くしてしまった。浄化されるような気持ちよさがあった。自分にとってノイズだシューゲイズだっていうのはこの経験から来る親和であり、ゆえに音粒の尖っていないアンビエンスにこだわった太いサウンドを好む。

・・・・・・・・・を初めてライブで観たとき、なんて気持ちのよい音楽だろうと思った。浴びれる。彼女らの楽曲の初リスニングがライブハウスの轟音だったことはラッキーだったかもしれない。
アルバム自体はヘッドフォンで聴くと中高音域の音圧が強めでノイジーな印象も受けるが、「サテライト」なんかはドラム(主にハイハット)が少しうるさいくらいでギターの音作りはとてもいい。

「文学少女」は先行シングルのひとつ「両B面レコード」からの収録だが、フリーダウンロードの音源をヘッドフォンで聴くといまひとつ物足りない。音質が良すぎる。
「両B面レコード」はその名の通りシングルレコード(ドーナツ盤)で、「文学少女」はレコードの質感でのリスニングで完成されていた。くぐもったミニマムなアンビエンスとときおり微かに乗るレコード特有のノイズがこの楽曲にぴったりだった。部屋の片隅であのシングル盤をかけているととても癒される。

逆に「ソーダフロート気分」なんかはCDで聴くといい気分な気がする質感である。90'sの香りがすごくする。これは完全にイメージだが90'sといえば音楽とドライブである。イージ㋴ー★ライダーである。これは完全にイメージである。プライベートがすぎるこの感覚。この時代は親の運転する車でいろんな音楽を聴いていたのである。ともすればたぶんカーステレオがかなり相性が良いのではないだろうか。といっても今の車はかなりダイナミックなサウンドシステムが搭載されているから古い車種でないと時代性ごとバッチリはめるのは難しいかもしれないが。今の車、後部座席にもスピーカーあるからな。

曲によって相応しい再生環境は違ってくる気がするが、なんにせよ・・・・・・・・・の「 」もやはりスピーカーで聴くべき音楽なんじゃないかと思う。空気を震わせて伝わってくるサウンドにこそ''エモ''がある。肉体に浴びせることで得られる''癒し''がある。・・・・・・・・・の本質は''癒し''にあると思っている。ライブで聴いたときの気持ちよさは高まりと共に癒しをくれるのだ。あとメンバーの可愛らしさはとにかく癒し度が高い。

しかしなーライブ。茫然と音を受け止め続けたいしパフォーマンスをじっくり観たいし写真は撮りたいし沸いても楽しいしどうしたらいいんだこの現場。

*1:ちなみにファンの間ではどちらかと言えばホワイト・スネイクっぽいとする意見が見られる。

*2:音割れしたときのチリチリというやつ。

*3:一応言っておくがマイナーな海外のバンド名ではなく、フツーに100円ショップ最大手のアレである。

58 猫2

うちには猫2匹おりまして。

どちらも子猫の頃に拾われてきたのだけど、上の子がオスで下の子がメス。どちらももう13,4歳とかになります。

下の子は野良上がりで警戒心がなかなか抜けなくて、大人しく抱かれてなかったりあんまりリラックスした表情見せなかったり、あととにかく野心?というか押しが強い。

上の子は目が開かない頃からうちにいます。親に教わるべきことを教わらなかったので噛む力の加減ができない子です。甘噛みのつもりのときでもめっちゃ痛いです。子猫の頃は我慢できたし噛ませてあげられてたけど、大きくなってからはできなくなりました。皮膚に穴あきます。

餌を出してくれと先にせがんでくるのは上の子です。でも出してあげると下の子が割り込んできてすぐ諦めてしまいます。歳上のオスなのに弱いのです。。
二匹用の皿に出しても、上の子が食べてるのをわざわざ邪魔して下の子が奪い取ります。性格悪いんです下の子。そういうときは猫たちを持ち上げてそれぞれの皿の前に配置すると仲良くいっしょに食べはじめます。不思議な光景です。なぜ邪魔をせずにはいられないのだろう下の子は。
そんなことがいつもあるので最近は上の子に食べさせるまで下の子を人間が邪魔するという事態が発生してますが、これなんかあんまり上手くいってない社会だなって思ってしまいます。

親に教わるべきことを教わらないばかりに力の使い方を間違えて避けられたり理解できずに怒られたりして、餌を横取りされても黙って諦めてしまう姿を見て、なんかこいつ自分に似てるとこあるなってこの頃は思うのです。
違うのは外に出れるか出れないか。この子は世界を変えられないまま年老いていってしまうのかなと思うともう少ししてあげられることあるんじゃないかなとか思うのです。でもそれってなんだろう。自分のことですらよくわかってないのに。

57 膨張

noteに載せようとした詩ですがなんか特定の人のことを想って書くと恥ずかしすぎてだめですねこっちに載せますね

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あなたが好きな歌 僕にも響くから
教えてくれたでしょ だから思い出すんだ
いま 一人で何度でもステージを観に行くけど
あなたを片隅で思い出してる いつも

冬なら筒のような白い帽子だろう
目と口の形 忘れもしないだろう

揺らせる糸は手元にあるし
一筆投げたりできるけど
心遠く離れた気がしてなんかこわいんだ
見えないキスで信じ合えた瞬間は
嘘じゃなかったはずなのに

頭がわるすぎて地獄に陥っても
あなたの声が呼び戻してくれた
こんな僕を呼び戻してくれる無垢な声があった
気遣いすぎた愛の言葉は胃に溶けた
でも魂の絆はあると思ってたりする

祭のように華やぐアリーナをなんとなく見渡す
駅から何列か後ろの席まで なにげなく
何万人の中から出会えるなんて思ってないよ
偶然に頼るしかない 情けないのは自分だけ

大好きなのになぜだろう
気恥ずかしかった、あの日は
すぐそばにいたあなたに声もかけず
知らない街を歩いてた

願いは 果てに 続くように
傷は いつか 癒えるように
靄のような罪はいつか空に消えるだろうか

雲が流れ去ってく 4歳の公園を想った
いつまでも目で追ってた
知らないおじいちゃんに
「目が悪くなるぞ」って言われた

古い銭湯の煙突が吐き出す
黒い煙は青空に溶けてゆく

時が巡りいつかまた縁があればなんて
弱者の美談、浅ましいよね わかる
心なら鳩尾喰らってもいいんじゃないかって
強い決意? それとも乗ったときのノリなのか

心配ない そう心配ないさ
魂がそっといつか出逢うよ
ひとひらの罪を嘲笑ってくれるよ

甘えた詩を書いて 宇宙はまた膨らむ

何年も前は想像もしなかった世界に生きてる
巡り合わせと縁を感じるような再会もした
あなたは意志が強い人だからどうだろう
やむことのない敬愛は今でも胸にあります

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もいっこさーまた違う人のこと想って書いたやつもあるんだけどあまりにも恥ずかしくてどこにも載せられません
深い敬愛を抱ける人がいるというのはそれだけで幸せなことですが、うまく伝えられないです辛いなぁ

56 劇場版ゴキゲン帝国「インディーズベスト」の忌憚なきレビューを書いてみた(前編)

アイドルグループ・劇場版ゴキゲン帝国が1年余の活動の果てに待望のフルアルバムをリリースする。
劇場版ゴキゲン帝国というのはすさまじくゴキゲンな人たちのことである。
CDリリースは11月22日だが、iTunesほか各社配信サイトでは既に先行配信が行われている。

そんなわけで本作のCDリリースに際して、先行配信を聴いて収録曲を勝手に解説・レビューしていきたいと思う。凄まじい文量になったが、それだけ語り甲斐のある1枚なのだ。1曲1曲、書いても書いてもあれもこれもと書き足したくなってしまうほどである。
そんなわけで半分しか書けてないんだ(´・ω・`)まぁこれでも飲んで落ち着いてほしい。🍵

良いとこは良い、悪いところは悪い、と正直言ってしまうのが自分のやり方なのでいろいろ書いてるが、概ね絶賛である。ではどうぞ。

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1.人の金で焼肉食べたい

いまや押しも押されもせぬゴキ帝の代表曲となった、全国民がそのタイトルに共感するであろうハイコンテクスト・ナンバー。CDシングルとして唯一リリース済の曲で、本作収録分は表記はないが現メンバーで再録&トラックをブラッシュアップしたアルバム・ヴァージョン。
オリエンタルなテイストのEDMナンバーで、気持ち良く踊りながら「人の金で焼肉食べたい!」とひたすら歌うだけという、「とりあえず乗っかっとけ!」感のすごい曲。ライブだろうが音源だろうが初見のインパクトが凄まじい。
ふざけた感じの曲でありながらも楽曲の展開やメロディーラインの運びはとても気持ち良く、また声優としての活動歴もある九軒ひびきの甘くもキレのある発声が楽曲のポップ性を際立たせている。そして耳触りの小気味の良さに加えてリーダーである白幡いちほの道化的な立ち回りもスパイスが効いており、しまいには野太い男達による「ゴチでーす!」のコールもインサートされてくる。しかもこの野郎共ラストは連発してくるしその脇で白幡はなんかもう発狂しているし、最後までとにかく飽きの来ないハイクオリティなネタ曲で、掴みの強さが半端じゃない。
一点難を挙げるとすれば、シングル・ヴァージョンと比較するとタイトルを繰り返す箇所での低音コーラスの追加が余計なことか。元々低音の効いた楽曲だが、ボーカルラインの低音の強化はBGMとして流れていたときの掴みを若干弱くするように思われる。今後ラジオなど公共の電波に乗ったときにちょっと勿体ない気がするという話で(市場のお祭を手伝ったときに賑わう雑踏の中で流してみて思った)、売れていく前提の指摘なのは言うまでもない。

2.GGT-ROCK

高速BPMの四つ打ちパワーロック・ナンバー。
ヘヴィーなビートに懐深くもアグレッシブな歌詞で、とにかくテンションの上がる痛快な1曲。元々フェイク的にライブで取り入れられたという九軒ひびきのシャウトもしっかり音源化されており、熱くブチ上がりそしてスカッとすること間違いなしの仕上がりとなった。
このラインの楽曲は、一例としては4,5年前に電波ソングとニュー・ウェイヴ・パンクのサウンドを絡ませて独自性を確立させたでんぱ組.incが少しやっていたり、その妹分たる妄想キャリブレーションの初期サウンドプロデュースを手掛けたWicky.RecordingsがEDM・ユーロビートとアニメソングをクロスオーヴァーさせるスタイルで(「悲しみキャリブレーション」「魔法のジュース」など)、近年の邦ロックのダンス・ミュージック化とアイドルカルチャーとの融和と共にライブアイドルのムーブメントの中でスタンダードとして確立してきたものであったりする。つまるところライブではどのグループがやってもめちゃくちゃ盛り上がるし、本当にどこでもやっている。ジャンルに拘らず熱く盛り上げる系ならまずこういう曲は持ってないといけないレベルですらある。
ところで、アイドルのライブというのはほぼどのグループのライブでやっても通用する特定のコールなどがいくつか存在する。そして長年様々な現場で様々なコールが試行錯誤されてきた歴史があり、それゆえ「このビートならこの動き/コール」といったものが慣れてきたオタクは嗅覚でわかるので、初めて聴く曲でも数百人の観客が同じことをできたりもする。つまり一度どこかのグループにハマった人であれば他のグループでも最初からある程度楽しめるのだ。これもまた地下アイドル界の発展の一因であるのだが、ここまで語ってようやくこの楽曲の話になる。
まさにそういった楽曲のテンプレートを書き起こしたのが「GGT-ROCK」なのだ。なんせもう歌詞のなかにやることが書いてある。「とりあえず左右に両手叩いとけ」とか「とりあえずオーオーオーオー言っとけ」とか。そして実際そういったコールが起こるビートだし現場ではすさまじく起こっている。しまいにはコールばっかりしてて歌詞聴いてないだろ?みたいなアイドルライブにありがちな光景もそのまま指摘していて、とにかくメタ要素が強い。そしてこうしたメタ的な歌詞はゴキ帝の十八番であり、これも「焼肉」に続く挨拶がわりの1曲である。
ひたすら「歌の説明をする歌」に徹した岡崎体育「Explain」の地下アイドル版とも言える楽曲だが(それゆえほんのりと後続のアイドル達に釘を刺しているようでもある)、本曲に関してはグループの主たる意志やスタンスが力強く表現されたメッセージ性の強さも併せ持っている。
ライブハウスのフロアの様子を細やかに描きながら「とにかく楽しもうぜ!」というのが歌詞の主な内容だが、あらゆるノリ方を挙げてそして肯定する懐の深さが特徴的。ライブで「かかってこいやぁ!」とか言う人多いけど「ちっちゃくでいいからリズム刻んどけ~」とか言わないもんなぁ。作詞を手がける白幡いちほの人柄ゆえであり、フロアにいる全人類を肯定するそのスタンスはまさに「ROCK」である。そもそも世の中にはいろいろな生い立ちや生活文化を抱える人がいて、それぞれ異なる人たちが同じ空間で同じ音楽を楽しむことは凄まじく「ロック」な現象であるし、それを具体的・直接的な言葉にして肯定する姿勢はまさにロックといえる。「GGT-ROCK」、言わずもがな「劇場版ゴキゲン帝国のロック」だ。すべての帝国民に向けたウェルカム・ナンバーである。
(注:自分の文章において「ROCK」「ロック」は他文化への理解・肯定・受容を意味する)
ちなみにライブでは冒頭からひたすらコールが巻き起こるため、現場で幾度となく聴いているにも関わらず本作の音源化で「イントロこんなだったんだ…」「こんなカッコいいギターソロあったんだ…」と目から鱗を落とすオタクがめっちゃいるとかいないとか……

3.Nice to meetune

東京キネマ倶楽部で行われたワンマンライブのハイライトに披露された新曲のひとつ。爽快でポップなEDMナンバー。EDMといってもミニマル寄りな「焼肉」とは異なり、こちらは野外フェスやアリーナクラスのフロアにも似合うビッグ・ルーム・ハウスのパーティーチューン。
静かでしっとりと歌い上げるAメロから徐々に音が重なっていく展開がとてもエモーショナル。サビが終わるとメンバーの多様な声素材を用いたボイス・サンプリングも飛び出し、スパイシーなアクセントが効いている。率直な感想としては「超カッコいい」。ラストのカットアウトなど鳥肌ものだ。曲の毛色がほかと少し違うのでアルバムの位置的にはもう少し考慮の余地があったのでは?と思うが、後述するメッセージ性に掛けるとこれもまたウェルカムソング的に機能しているように思えてアリな感じもする。
白幡いちほと御握りんの力強い歌声が気持ちよく乗っかってくる曲で、ファンク・ソウル的なハリのある歌声を聴かせてくれる白幡と伸びやかで低音まバッチリ効いた歌唱力抜群の御握によるツインリードがこの楽曲のキモとなっている。声質で分類すると残りのメンバーはアニメ声寄りなのだが、Bメロで可愛らしく歌う廿楽なぎ・先斗ぺろのパートは前パートを承る展開の上でサードパーティー的な(ともすればリスナーサイド的な)役割を果たしていて、後述するテーマの上でのロールプレイチックなドラマ性があるし、2番Aメロやコーラスで的確に存在感を発揮する九軒ひびきの透き通る歌声も気持ちよく響いてくる。
サビでは白幡・御握の二人のどちらかがリードを取り、残りのメンバーは合いの手的なコーラスに徹するという役割分担がなされている。こういうところにもチームワークの良さを感じることができ、グループのコンディションの良さを改めて見せつけてくれている。
「独りがいいなんて強がりはテキーラ飲んでゲロっちまおう!」とかいう大学生の飲み会みたいなノリ(前向きな意味で)を感じる歌詞が1番から出てくるが、全容としては「どんな人であっても私達は受け容れる、一緒に楽しもう!」というメッセージが込められている。友達いないとか友達といても孤独感拭えないとか、でもそれが自分だしそのほうが楽なんて本当はそんなことないのに強がってるすべての日陰のいじっぱり達を優しく大きく包み込む包容力にあふれた歌詞となっている。寛容という意味においてはリーダーであり運営でもある白幡いちほの懐の深さとそれが決して口だけにならないと思わせてくれる実績に裏打ちされていて、生半可な共感応援ソングなどでは届かない心の深淵まで貫く説得力を持っている。もちろん彼女を信頼して追随するメンバー達も実に頼もしい。ただまぁわりとエモい歌詞なのだから「ドラゲナイ!」とかふざけなくてもよかったのでは~と思わないこともない。1番の「Gero now!」あたりのくだりは実にゴキ帝らしいというか作詞家白幡いちほのカラーがしっかり出ていてニヤリとさせられる。
タイトルは言わずもがな「Nice to meet you」と「tune(曲)」を組み合わせた造語だろう。
「Nice to meet you」、単に「はじめまして」と訳されるが、語源を想像するとそこにはおそらく「あなたに逢えてよかった」というニュアンスが含まれる。ゴキ帝はきっとそういう意味合いを込めて歌ってくれているのではないだろうか。この曲(tune)を通じて「あなた」と出逢いたい、そして「逢えてよかった」と歌うのだ。人間、自分に対していろいろ思うことはあるだろうし引け目とかコンプレックスとかで足が竦むなんてことも腐るほどあるが、例えどんな人であろうともゴキ帝は「あなた」に逢えるのを待っている。この楽曲にはそういった心暖かい精神が詰まっているように思うのだ。
終盤「だから君の声をもっと聴かせてよ」から、2番までのサビでは歌詞のあった部分がシンガロングに切り替わる瞬間がたまらなくリリカル。こちらから言うべきことはすべて言った、ここからは「私達」と「君」の歌だ、と手を差し伸べているようだ。ゴキゲン帝国に入国審査はない。

4.大切なお知らせ

「アイドルオタクが最も目にしたくないワードランキング第1位」をそのまま曲にした、地下アイドル界の鉄板あるあるを歌ったグループの代表曲のひとつ。 歌詞にはアイドルオタクにはお馴染みのワードも多数登場する。
一応解説しておくと、アイドルが告知で「大切なお知らせ」と題したニュースリリースを行う場合、そのほとんどがメンバーの卒業やグループの解散など悲しいお知らせであることが由来。ちなみにポジティブな発表の場合は「重大発表」とすることが多い。
こちらも現メンバーで再録されたアルバム・ヴァージョン。アレンジは変わらないもののAメロのギターが左右入れ替わるなど細部に変更点が見られ、音圧もよりヘヴィーに調整されて原曲以上にパワフルな仕上がりとなった。
原曲はグループの初音源としてリリースされたものの、MDの無料配布のみでリリースというなかなかリスナーに喧嘩を売った形態だった。余談だが、のちにゴミを売ったりもしている。
配布MDが瞬殺だったことからのちに無料配信もされたが、期間限定であり旧ヴァージョンについては春以降入手困難となっている。なお当時MVが製作されたこともあり、音源を聴くこと自体は可能。推しが卒業した経験のあるオタクが多数出演し、その悲壮感に共感するアイドルオタクたちの中でにわかに話題を集めた。なお本作リリースにあたり一般公募の中から選ばれた新MVも公開されている。
元メンバー雨情華月がキャラクタリスティックに務めあげていた冒頭の語りは、5月に新メンバーとして加入しカラーとしては正反対といえる廿楽なぎが引き受けた。その声質と演技力から音源の中で二次元的な偶像化を成しえた雨情版に対し、この廿楽版はその小動物的なキャラもあいまってリアリティを孕むいたいけな少女像を打ち出した。原典に忠実に行くならば九軒ひびきが抜擢されていたと思われるが、新たに加わったメンバーの旨味を持ち曲に満遍なく割り振るにあたりこのディレクションは実に鋭い。なお、旧ヴァージョンで合間合間に挿入されていた雨情の小悪魔的なフェイクは、代打を任せることなくそのものがカットされている。雨情のキャラもあいまって味わい深かったが、この新ヴァージョンではこの変更により歌詞が一層ソリッドに引き立つようになっている。聴き比べてみるのも面白いだろう。
冒頭の語りパートが終わると、しんみりした空気をぶった斬るかのように重厚なギターリフが叩きつけられ、「そんなん言うと思ったの?」と痛快な反転攻勢を見せてくれる。サウンドはNARASAKIっぽいかもしれない。短調のヘヴィー・ロックから回想するかのようなシンフォニックなパートに展開して歌われる、経験者ならば涙なしには聴けないアイドルオタクのブルースアイテムの数々。やり場のない想いをぶつけるかのようなブリッジからサビでメジャーコードに展開するあたりは、まさに邦楽ロックの文脈を取り込んだ現代的なアイドルソングといった趣だ。
1番の歌パートだけでCメロまであるのだが、2番ではCメロを省きBメロからサビにつなげており、この部分のコード感がなんともいえずおしゃれである。ついでにマニアックなところをもうひとつ挙げておくと、イントロのカウントに食い気味で入るギターと間奏明けの弾みのあるハイハットがなかなか重要なアクセントになっている。これについてはTHE YELLOW MONKEY「JAM」のイントロのハイハットくらい欠かせないものだろう。細やかなアレンジへのこだわりと配慮を随所に感じる。
これは白幡自身がたびたび口にしていることでもあるのだが、彼女は「応援してくれる人を悲しませたくない」という意志が人一倍強い。アイドルオタクあるあるをコミカルに描きながらもアイドル自身のブルースをも織り込み、「来年の今日も君とこうやって笑っていられるとは限らない」と誰もが目を背ける非永続性に釘を刺しつつも、最後には「やめるのや~めた☆」と締め括るこの楽曲。アーティスト寿命が極めて短いアイドルという存在の歴史に積まれた普遍性を飲み下しながらも、簡単には諦めまいとする意志の強さ・硬さが歌詞を織り成す言葉の随所に織り込まれている。鎖帷子のようだ。
ところで、オルゴールの切なげな音色に乗せて冒頭のセリフを話す廿楽の姿から「どこでもいっしょ」(プレイステーション®️)のラストシーンを連想するのは自分だけだろうか……

5.vs.MAD

前曲「大切なお知らせ」がオタクに向けた歌だとするならば、こちらは他のアイドルに向けて歌われた歌だ。もっと言うと「大切なお知らせ」が表層的なイメージを形にしたポップソングであったのに対し、この楽曲は楽屋裏の不満を明け透けにぶちまけた、本来であれば「内にしまっておく」ような内容である。まさに天使と悪魔、「大切なお知らせ」のダークサイド。いわば「裏・大切なお知らせ」といったところか。
冒頭のノイズは今年5人になった某グループのサイネージ的な楽曲を彷彿とさせるが、楽曲自体はスラッシュメタル。東京キネマ倶楽部ワンマンでの初披露時には「移り変わりの激しいアイドル界に向けたストレス発散パワーチューン」として紹介された、ゴキ帝の多様な楽曲群の中で最も激しい曲である。 和のテイストを感じさせるメロディーラインは言葉の乗りを良くする効果があるように思われる。
バッキングトラックに着目して聴くとかなり展開の多い曲だが、メロディーに関しては比較的シンプル。というか、かなりの比率で矢継ぎ早に台詞が叩き込まれてゆくパートが挿入されており、主張を全面に押し出していくスタイルを取っている。
低音部が潰れ気味であり、若干迫力に欠けるミックスが玉にキズか。しかしながら、ある意味このミックスは歌詞に傾注させるためとも受け取れるほど、その内容は強烈に過激なものとなっている。
いまや売れる・売れないに目を瞑れば実のところ地下(地底)アイドル現場の参入障壁は非常に低く、希望すれば誰でもアイドルとしてステージに立ててしまう実態がある。''選ばれる''ことなく、誰でもステージに上がることができるのだ。もはやオタクの数よりアイドルのほうが多いとする説まである。
自己顕示欲や承認欲求の充足手段として実のない活動をする自称アイドルも少なくないのだろう。とにかく「本気じゃないなら邪魔をするな」と言うメッセージが強く深く刻み込まれたのがこの曲だ。歯に衣着せぬどころか「肉も骨も目ん玉かっぽじってとくと見やがれ!!」というくらいかなり生々しくダメなアイドルたちへの不満が炸裂している。一般常識レベルの話もあるのだが、華やかな舞台の裏がいかに混沌としているかがよく描かれている。私事ながら一時期裏方として業界の端っこにいたことがある身としては、立て続けにぶちまけられる愚痴な数々には相当なリアリティを感じる。耳が痛い関係者も少なくないことだろう。
極めつけは白幡いちほが放つこれだ。
「応援してくれた奴らを責任持って笑顔にしろよ!!」。
ぐうの音も出ない正論。しかしそれを口に、あまつさえ曲にするというのは生半可な覚悟ではないだろうし、かといって奇を衒った蛮勇でもない。力強く吐き捨てられるアンリミテッドな文句の数々からは、その一方で「ゴキ帝なら大丈夫」「ゴキ帝は裏切らない」と思わせてくれるような頼もしさも感じられるのだ。
中盤、「私達は誰にも利用されない」と言いつつも「自分を信じさせてよ!!」と葛藤も見せる。気を抜くとあっという間に蝕まれる業界の狂気に対する抵抗の様子もまたなんとも生々しい。ゆえに「vs.MAD」。自らの周囲に渦巻く狂気と戦いながら、世をゴキゲンにすべく劇場版ゴキゲン帝国の戦いは続く。
余談だが、九軒ひびきと廿楽なぎの台詞パートが非常に秀逸である。人によってはなにかに目覚めてしまうだろう。先斗ぺろのDisもなかなか攻撃力が高く、メンタルをザクザク切り刻むような口ぶりはなかなかに悪魔的である。御握りんは数ある台詞の中でも一般人的なポジションを務めているようで、その日常会話的な叫び方がとりわけリスナー的に共感しやすい声だったりする。業界云々に関わらず日常生活の中にある不満のカタルシス的な立ち回りを演じており、業界ネタな曲に終始しない引力をこの曲に持たせている。


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続きはまだ一文字も書いてないからそのうち公開するね(´・ω・`)おつ