53 dotstokyoが時代を折り返す

でんぱ組.inc以降の''個性掟王道䞖代''に逆行する圢で、グルヌプでありながらも元祖王道に立ち返ったのがdotstokyoずいうグルヌプ。だず思う。←ずりあえず指針ずしお曞いたけど挟むずころを芋぀けられなかったので文章の䞀郚の芁玄っおこずにする

dotstokyoず呌ばれるアむドルグルヌプを、圌女らの2ndワンマンラむブ@新宿SAMURAIにお初芳枬した。

そもそも瞁があっお知っおはいたのだが、1stワンマンを䜓調䞍良で芳逃し、その4日埌にたさかの2ndワンマンをやるずいうのでここぞずばかりに行っおみた感じである。

【承前】少なくずもこの文章を曞きはじめた時点でdotstokyoのコンセプトに関しおのリサヌチずそれに䌎う考察はしおいない。音源だっお聎く前の文章だ。ただ1床ラむブを芳お、それだけで思ったこずをひたすら曞き殎っおいる。
公開しおる時点では7inchレコヌドも聎いおいたりするのだけどちゃんず初期衝動を思い出しながら続きを曞いたりなどしおいる。


dotstokyoずいうテクノロゞヌアヌト集団のような名称はあくたで呌称でしかなく、正匏名称は「・・・・・・・・・」ずいう。
正匏な読みはなく、ある皋床通っおいる通称がいく぀かあったり、あるいは觊れた人が各々奜きに呌ぶ。このナカグロはブラックボックスのようでもあり、あるいは無蚀のモノロヌグにも芋える。そしお䞀床芳おしたえば、名称を䞎えるこずすら無粋であるずいうこずに気付かされる。

プロデュヌスチヌムをも含めた圌女らずいう集団は、個々であり抂念でもあり、そしお立ちあげるものは他ならぬ''王道感''のあるステヌゞ。
この''王道感''をいかにしお正圓な圢容にするかに぀いおも蚀葉を尜くさなくおはならない。絶察的に''王道''ず感じたが、それがなにゆえなのか巊脳が远い぀いおいない状況が先のラむブから数日のあいだ続いおいた。
なんかよくわかんないけどマゞ王道やんっお思ったっお話。で、それなんなんっおいう。なにも知らずに芋た人のそれなりの割合が思うんじゃないだろうか。マヌベルず日本のアむドルカルチャヌがコラボしたようなSFじみたビゞュアルなのに、それず反比䟋するほど突き抜けお王道じゃないか、どういうこずだ、説明を芁求するず昭和の挫画なら蚀われそうだ。

圌女らのステヌゞは、アヌト的な手法を甚いお抂念的なアむドルを具象衚珟するむンスタレヌションにも芋える。抂念化された「アむドル」を衚珟するプロゞェクトず蚀われおも埗心がいく。珟代アヌトの矎術通に展瀺されおいそうだ。䟋えば展瀺宀の䞀宀で盆螊りをやっおのけた森矎術通でのパフォヌマンスなど想像に容易い。い぀かやっおくれ。

しかしそれでいおラむブ䌚堎の様子はず蚀えば、物静かな足取りに緊匵の糞を匵り巡らせた顔぀きず、その県差しの奥にある脳で無限の哲孊を繰り返すアヌトに毒されたピンキリの審矎県を剥き出しにした来堎客達の埀来  ではなく、他のアむドルのラむブ䌚堎ずなんら倉わりなく、アむドルずファンによる興奮ず熱狂のラむブが繰り広げられおいる。  あヌこれはそう、ここたではただ先入芳ず期埅的偏芋、そしおその乖離に぀いお話しおいる。わけわかんないこず蚀っおるけどむメヌゞずのギャップっおこずな。簡単に蚀えるこずを難しく蚀おうずするや぀は銬鹿か文字数皌ぎが文章力ずか思っおるセコい奎だから信甚しちゃいけないよ。OKでは続けよう。

目隠しずいうビゞュアルにたず衝撃を受ける、ずいうのが倚くの人にずっおドッツずの出逢いの圢だろう。アむドルなのに県差しが読み取れない。これではかの倧瀧詠䞀をしおも「僕は照れお愛の蚀葉が蚀えず 君は目隠し県差しを読み取れない」ず男完敗の様盞を甘んじお受け止めるしかない。曞き手のダンディズムも圢無しである。オタクはどうする(*Ž・Ў・)

䌚堎たでの移動䞭や仲の良いアむドルずのプラむベヌトでさえも倖さないずいう培底されたこの目隠しの装食によっおドッツがもたらすものは、''アむドルの蚘号化''ではないかず自分は感じおいる。メンバヌのひずりひずりが衚珟ずしお立ち䞊がっおいるように芋える。党員が党員''あるアむドルの肖像''であるかのようだ。なおこの「ある」が指す具䜓的な人物はいない。それは芳た人が垣間芋埗る個性や顔立ち・背栌奜に各々投圱する存圚である。

目は口ほどにものを蚀う、ずは叀くからある蚀葉。実際目の動きは心理に倧いに圱響されるずいう。意志の匷さも迷いも匱気も緊匵も脱力も目぀きに珟れる。心を開いた盞手には瞳孔が開くそうで、これに぀いおは自埋神経の働きであるため自分では絶察にコントロヌルできないそうだ。
誰かの心を読み取り感じたいずき、その人の目を芋るだろう。その目を隠しおしたうこずは衚情・心理に遮光カヌテンをかけるこずにほかならない。どこたでコミュニケヌションを取り続けおも最埌の最埌、䞀番奥で壁にぶちあたる。いわば心的な他己理解の竜骚を削ぎ萜ずされおしたった圌女らは、わずかに残された䜓ず顔の筋肉、そしおその蚀葉ず口調の色圩をもっおのみ自己を衚出する。たぁ目隠されるずその人のこずよくわかんなくなるよねっお話で、でもそれこそが''アむドルの蚘号化''をワンアむテムでなし埗たギミックなのではないかなず。

思えば地䞋アむドルの䞖界に倧きな革新をもたらしたのは、2012幎にラむブ披露され、2013幎の幕開けず共に䞖に攟たれたでんぱ組.incの「W.W.D」だず思っおいる。予め蚀っおおくず自分は2012幎にでんぱ組.incのラむブを芋おアむドルの䞖界に螏み蟌んだので、それ以前に぀いおは党くず蚀っおいいほどわかっおいない。しかしながら以降のアむドルビゞネスの圢を぀たみ食い皋床にも芋おいるず、おおよそこれがそこたで的倖れではないのでは  ず思える。ずいう個人的感芚を承前ずしおこの先も進めおゆく。たぁ別に出版物でもないのだからこんな蚀い蚳をしなくずも奜き勝手蚀えばいいのだけどな  ブログだし。

承前長い。でんぱ組.incは出来すぎかっおくらい壮倧な個々ず互いのリンクしたストヌリヌがあり、それはグルヌプ掻動ず共に倧きなドラマを生み続けるこずになった。
件の「W.W.D」は、補䜜を手がけたヒャダむンが匕きこもりやネガティブのひどいメンバヌの曎生のために仕掛けた、数人分の人生ず心の呜を賭けた倧博打だった。そしおその成功はアむドル界の䜏環境を匕っかき回す巚倧な枊朮ずなったようなそんなようなそんな感じだず思う。

以降、地䞋アむドルに関しおいえば人間的な個性の掘り䞋げを求められるようになったのではないかず思う。
AKB48の「䌚いに行けるアむドル」ずいうコンセプトがやがおアむドル業界党䜓を染め䞊げ、今やラむブ時間より接觊むベントに割かれる時間のほうが長いずいうのが圓たり前になっおいる。
そうなっおくるずメンバヌの人気を巊右するのが本人の人間的魅力。もっず蚀うず、ステヌゞで良いパフォヌマンスをするばかりが必ずしも人気のバロメヌタヌにはなりえないずいう可胜性が比率ずしおやや倧きくなっおいるかもしれない。
「面癜い個性やバックグラりンドにフォヌカスする」ずいうスタむルから䟋えば「IDOL AND READ」ずいうアむドルオンリヌで1on1の長文むンタビュヌ集が刊行されたり、人間性をやたらず掘り䞋げる手法からなんだかんだ賛吊䞡論ある講談瀟䞻催の「ミスiD」ずいうオヌディションも地䞋アむドルずは関わりが深い。

ひたすら圓たり前のこずを曞き続けおいるような気分になっおくるが、やはり思い盎したい。がんばれ。
そもそも日本文化の䞭でアむドルの元祖ずは昭和歌謡の䞭から生たれたものだ。たぶんそうだ。正確には「アむドル的人気を博した歌手」だが、䞖間䞀般の文脈ではアむドルずしお語られおいる。
昭和のアむドルずいえば、玔朔なむメヌゞを保぀こずがなにより優先されおいたずいう印象が匷いのではないだろうか。「う○こはしたせん」みたいなこずである。極端な䟋では海倖ずのマネゞメント契玄䞋でのプリンセス倩功なんかず同じである。圌女は寝るずきの服装たで契玄で決められおいるそうだ。パゞャマを着たくおもネグリゞェしか着れないずかなんずか。えろ。

ずかくプラむベヌトに関しおは秘密䞻矩のオンパレヌドだった印象がある。生い立ちやバむトの話などするはずもなく、明らかに庶民ずは別次元の存圚ずしおプロダクトされおいたし、そうあるこずがアむドルの条件だった。
時代の合間に台頭した「モヌニング嚘。」を筆頭ずするハロヌプロゞェクトに぀いおも觊れる必芁が本来はあるのだが、党く通っおいないので觊れない。初めおギタヌを觊る人間にレガヌト奏法ができないのず同じこずだ。ただなんずなく人間的であるこずに関しおはゆるかったず思う。ずいうか若干ダンキヌっぜかったし庶民掟ずいえばそうだったのかもしれない。

なにが蚀いたいかず蚀うず、dotstokyoは個性掟グルヌプアむドル時代も安定期になっお久しい雰囲気の地䞋アむドルの文脈に生を受けながら、叀兞的な秘匿性の高いアむドルのストリヌムに突っ蟌もうずしおいるように芋えるのだ。だから''王道''に芋えるのだ。たぶん。もっずいろいろあるんだろうけどほんずは。

ラむブの話をする。

1曲目からメンバヌが歌わず初音ミクが歌いだすパヌトが登堎するなどした。芳る以前に既に''テクノロゞヌ系珟代アヌトのむンスタレヌション''みたいなむメヌゞがあったので、たさにピタリずハマったずいったずころ。芖界の色味を鮮やかにされるような、そしお鋭角的な驚きを埗た。初音ミクはか぀お森矎術通の䌁画展「LOVE展」で最もフィヌチャヌされおいた展瀺物のひず぀でもある。

シュヌゲむザヌサりンドの気持ちよさに乗せお、かわいらしくもどこか健気な歌声を聎かせながら舞い螊る姿には確かな蚓緎の成果が感じられる。それでいおありえないほどバッキバキのサりンド・倉拍子・構成で脳髄が砎裂しそうになるむンストゥルメンタル(おかもうリミックスだよあれは)もパフォヌマンスするのだが、キレよく完璧に螊りこなしその䞭にあっおも惜しみなく愛嬌も芋せる姿は、誰がなにを蚀おうずも完党に''アむドル''だった。
曲䞭に「あっち向いおホむ」をする堎面もあった。グルヌプをよく知っおいそうな人から笑いが起こっおいたから「完党な決め事」ではないのだろう。挔出に流動性や偶発性があるのだず思った。

他にも舞台䞊の「第四の壁」など意に介さんずばかりにバラバラな方向を向いお螊ったり、しっずりずした曲ではメンバヌが決たった立ち䜍眮から動かず(ある者は小道具を手に、ある者は曲の間ずっず背を向けおいた)最埌たで歌いきっおいた。
こうした魅せ方はきっず360℃解攟のステヌゞでこそ生きるず思う。芳る堎所によっお様々な哲孊や''愛で''が生たれるだろう。ただ様々な考察ず芳察*1の可胜性を秘めおいる。

絶え間なく蚪れる驚きず熱気ず神秘性に満ちたパフォヌマンスを前にしおいろいろ考えながら芳察をひたすら続けおいたが、最埌のほうになるずもう気持ちよく゚アギタヌを匟きながらMIXを打っおいる自分がいた。

実に熱く楜しいラむブだった。芳おいくうちに謎性すらもただ受け入れお玔粋に楜しんでいたずいうか、少なくずも圌女らの秘匿性に心理的な意味での遮断性はなく、むしろオヌプンマむンドなものを感じ取った。
哲孊ず発散の䞡極が共存するこの情報量の倚さ。脳も身䜓も悊んでいる。アヌトだけを芳おいおも、あるいはアむドルだけを芳おいおも埗られないものがどちらもその堎にある。なんおお埗なの

その埌はメンバヌのトヌクが繰り広げられた。

いや、ゆるい  ゆるすぎる  非垞にぐだっおいる  あんな゚ッゞの利いた(効いた)ラむブをしたあずでこんなゆるいトヌクが展開されるずは  そのギャップがたた楜しくもある。
いろいろ隠しおるなヌずいう話をしたが、しかしそんな䞭でもメンバヌ個々のこずを䌝えようず様々な斜策を取っおいたりもする。
入堎時にはメンバヌが曞いた自分たちを知っおもらうための冊子が配られたり、ずりあえず「通称」っぜい呌び名もあるこずがわかった。
メンバヌ同士はずおも仲睊たじく、なんずいうかいちいち絡みが可愛らしい。Twitterはメンバヌ共甚でセルフリプで䌚話したりしおいる。なんずなく前衛的な雰囲気を垂れ流しにしおいるむメヌゞがある䞭で、あのメンバヌアカりントはずおもゆるく愉快だ。

だいたいこの文章を2週間半くらいかけおだらだら曞いおいたので、なんかもう疲れたしたずたりもないたた終わるこずにする。ずいうかいたおなかが空いおいる。

このあずたさかの地元にdotstokyoがやっおくる。なんおこずだ。そっちを党力で楜しむべく、ずりあえず初芋の困惑などを取り急ぎここに残しお䞡B面レコヌドを䞀回かけおから出かけようず思う。

*1:ちなみに圌女らはラむブぞの参戊を「芳枬」ず呌んでいる。