86 人体と人生のバグ

母親の抗がん剤治療がはじまった。再発。
投薬開始後しばらくは様々な副作用が出るもので、髪が抜けるというのは有名な話だと思う。初めて見ると他人事でもなかなかショッキングなものだけど、3回目なのでさすがに慣れている。が、どんな顔したらいいのかは未だによくわからない。

1週間ほど前から投薬をはじめたのだけど、2日後くらいにはもう「具合が悪いから早退する」と午後休を取っていた。しかし帰り道その足で「外食に行くぞ」と言われ、家にいた自分はそそくさと着替え付き合うことに。祖母の家に寄り、普段は1人でぼーっとしてるだけの祖母まで連れ出していた。
「ラーメンかフライドチキンを食べたい」と言う。しかし母親が明確に食べたいものがあるというのは珍しく、ケンタッキーのフライドチキンを食べたいと言うことはたまにあるものの、ラーメンを食べたいとは滅多に言わないので少し驚いた。

その後は祖母の家でくつろいでいたのだけど、その時はなかなかに元気そうだった。
とはいっても階段の昇り降りが極端に辛くなったらしく、弱々しく痩せている祖母よりもその足取りは重い。

明確に見える足腰の症状がある一方で、早退するほど具合が悪いのに帰りの道すがら外食まで行ってしまう体調と行動力の乖離(普段なら帰ってきてそのまま15,6時間は寝てしまう人)、食べたいものがやけに明確だったり普段食べないものを食べたがる感じ、身体がバグっているという表現がしっくり来る。本人からも同意された。

風邪とかではないので自分自身の経験則から話はできないし、異次元の症状が多いのでなにか言われてもなにもわからん…となってしまう。難しい。とりあえず「要求がやたら具体的」という特徴はあるので、そこはシンプルにレスポンスしていけばいいのだが。今日は「ミントタブレットがほしい」と言われた。

別居している祖母の介護を母がしている。まだ生活に不自由はしていないので、介護というより認知症にならないために積極的に会うようにしているというほうが近い。
ちなみに、祖父は自分が産まれる前に他界、父親は幼少期に離婚し母は再婚せず、祖母と同居の叔父夫婦(子供なし)は休みになると必ず祖母を家に残して出掛けてしまい、自分はといえば一人っ子で配偶者なし、ついでに視力の問題で免許取れず。先々を考えるとなかなか詰んでいる。

治療で身体がバグるのはあくまで投薬開始期の最初期くらいだったと記憶しているので長期間続くものではないけれど、数年先の未来を考えると本当に自分は何もできないまま介護に追われて何もない中年になるのではないか、といった不安がかなり明確なイメージとして脳内をよぎる。よぎるどころかパレード状態。千葉県のアレより鮮やかかもしれない。

家族の健康は大事なのだが、自分自身の未来がそこまで健康じゃなさそうで、何も持っていない自分は誰よりも器用に生きないと詰みを回避できない気がしている。(ここで言う詰みとは、身の回りのことに追われ、結果として孤独死することである)
とはいっても致命的に不器用なので、やり直せるものならどこかからやり直したい気持ちは常にある。

例えばいつからだろう。小学校2年生の頃、国語の授業で、挙手をし問題の答えを黒板に書く、という場面があった。算数だったかもしれない。その時書いたのは「時間」だ。
書いた直後にその場で教室の隅のデスク(教室に先生用のデスクがある学校だった)に呼び出され、「その漢字はまだ習ってないでしょう」と結構キツめに怒られた。
「分」という漢字を当時の自分は既に知っていて、しかしそれはまだ学校の授業では教わっていない漢字だったのである。だからどうした。俺は知ってる。クソ喰らえもいいところだ。

クソ喰らえもいいところだ、と思ってしまった当時の自分の、その根幹から直さないといけない。たぶん。もっとみんなに同調することを良しとする生き方を胎児の頃から身につけなければならなかった。
漢字を知らなければよかった、とかではない。それは知っててよかったが、それを使うことは処世術的には不正解だったということだ。
ちなみに漢字の知識が(その歳にしては)あったことで、好きだった女の子と良い感じになれたということがあった。4年間クラスが同じだったものの5年から分かれてしまい、そこまで同じだったらもう少し色々違ったかもしれないと思う、そんなアレだった。お相手のお母様からも気に入られていたし、家に呼ばれたことすらもあったのだ。あれが全盛期だった。そしてそこまでだった。とはいっても勉強はそこそこできて良かったなと思う。あくまで小学生までだが。

ちなみに先生とのその一件や、全員足並み揃えろ同じ人間になれという担任のスタンスに保護者面談で触れた母はプッツンしてしまったようで、私立中学への進学を考えはじめた。
ゲームソフトがもらえるという甘言に唆され、腕試ししてみない?と受けさせられた謎の実力テストがそこそこの成績、そしてこれが入塾テストだったのである。ちなみにゲームソフトはもらえなかった。(規定の順位に入れず)
3年生の間だけ行くのかな?と思っていたらなぜか4年になっても通わされ、4年の夏くらいにやっと「中学受験」をするのだと知る。脳味噌お花畑か自分。

みんな同じに足並み揃えて、のほうが人生はイージーモードになる。これはマジ。そして多様性を受け入れ個性を大事に!というのは欧米では当たり前かもしれないのだが、日本ではハードモードである。そうは見えないけど実は傑物、みたいな人間にならないとこっちモードの人生はかなりエグい展開が待ち受ける。

人としての幸せとは何か。ありのままでいられることか。抑圧の中で生きることか。いずれにしても感じ方ひとつでしかないのだ。だから世の中を動かす構造に絶望する頭の良い人もいれば、阿漕な搾取に気付きもせず社会の中の「えらいひと」におんぶにだっこでなんにも疑問に思わず幸せを感じて暮らす人もいる。

哲学なんざどーでもいい。学者でもあるまいし飯は食えん。
ともかく、ハードモードで取り返しもつくのかつかないのか微妙な年齢まで生きてきてしまった自分で。もうほんとどうしようって感じである。

この歳まで彼女なし。ヤバい。浮いた話のひとつやふたつ大学時代まではあったのだけど、鈍感だったのか自己肯定感が低すぎたのか、学生時代にはフラグクラッシュと思しきシチュエーションと言動の履歴が多数見受けられる。
ちなみに中高は男子校だった。女子との接触がない青春時代。小学校卒業の少し前、同じ塾にいたフランス人形をそのまま等身大サイズにして動かしたような美少女から「一緒の学校行こうよ…」と切ない声で言われた逗子駅の連絡橋が忘れられない。第一志望の男子校とその子が受かった共学にも受かっていた自分、大人たちに何を言われるか…と怯えた自分には受け入れる器量がなかった。当時の子供で携帯電話を持っている子は稀で、卒業以来会うことはなかった。
大学時代は演劇に打ち込んでいて、やたら忙しくしていた。当時はそれでやってくんだくらいに思っていて、忙しい自分に酔いまくっていた。学生らしい青春を尽く棒に振っている。いつだってリア充とウェイは糞だと思っていた。なんか学生らしい華を持った話があるかと言われると、出会ってすぐやけに懐いてきて飲み会でキスまでしてきた女に告白して「好きだけどそういうんじゃないんだよな」とフラれ、後日なぜかそのフラれた女に誘われホテルで一晩明かすことになるも意地張って何もせず朝を迎えたりといった謎ダメエピソードが2,3あるくらいで(ピュアすぎでは?)、彼女の作り方とかもう全然わかんなくなってしまったというかそもそも知らない。なんなら友達との遊び方すらもよくわからなくなってしまっている現状。

それを別に不幸なこととはもう思っていない。幸せとは感じ方次第であり、独りは独りなりの楽しい人生がある。「取り立てて不幸ではない」という「幸福」は今、間違いなくこの手の中にある。なによりではないか。
一方で、兄弟もいないので自分が生涯独身なら末代になるし(万が一その手の人の恨みを買っても祟りを恐れる心配はなくなる)、子供はほしいし、子供を授かれれば自分が親にされて嫌だったことなどの反省を踏まえてしっかり幸せな人生を歩ませてあげたいと思う。褒めて、肯定して、話をちゃんと聞いてあげて、普段からポジティブをしっかり貯金して生きられる、そんな風に育ててあげたい。そんなことは常々思っている。

そんな未来は来るものだろうか、例えば母が祖母にしてあげているようなことを、自分は母にできるだろうか。難しい気がする。まず運転できないし。
やがて自分に介護が必要になってきたとき、一体どうしたらいいのだろうか。希望の光が少しくらいは残っていないと、いつか人生を諦めてしまいそうだ。怖いけど怖くない。絶対的な拒否の感情はない。

三途の川を自分から進んで渡りかけたことがある。寸前までいって初めてわかったことだが、死んだら何もない。ゼロですらなくなる。寝てる間はほとんど意識がないけど、あのまま意識が戻らないという、それだけのことだ。悲しさも後悔もなにひとつ残らない、消滅するだけだ。多くの人はおそらく、なぜか死んだあとに感情が残るという前提で死について話している気がするのだが、自分の中でその可能性は消えた。死んだら消滅だ。ただそれだけ。ちなみに幽霊ってのは生前の記憶を繰り返しているだけらしい。おったまげ。


生きているのは生きているからだ、としか言えない。生きていても死んでも別にどちらでもいいのだが、死ぬ理由がないし、死ぬのってすごく大変だから、わざわざやる理由がない。吐くほど嫌いな食べ物をあえて食べるやつがどこにいるんだ、ってのと同じ話。
ただ、このまま何も変わらないままだと、いつ人生を諦めてリタイアしてしまってもおかしくないな、と、長期的な目線では思っている。思っているけど、なんとなくずるずると緩慢に、生き続けてしまうんだろうなとは思う。たぶん人の寿命が20~30年くらいしかなかったら、自殺者の数ってとんでもないことになるんじゃなかろうか。平均寿命80歳くらいなのは社会的動物であるがゆえの、ある種の防衛本能なのかもしれない。

 

こんなことを日々考えて暮らしている。5兆円ほしいな。あったらもう少しいろいろできる気がする。