76 「天気の子」の感想を書く(ネタバレなし)

5ヶ月ぶりのブログになってしまった。

正直長文を書くようなことがなかっただけなのだけど、前の記事がそれなりに不穏だったので妙な感じになってしまっているかもしれない。

 

今日は休みだったのに間違えて出社してしまって、追い返されて「天気の子」。

インスタにちょろっとした感想書こうとしたらうっかり長文になってしまって、ここにも載せておくかという感じ。ブログにしてみるとそんな長文というわけでもない。

 

「天気の子」は、たった1人のわがままで世界を大きく変えてしまっても、別にいい。そんなことを、語弊を恐れず言うなら''暴力的''に描いている。

 

物語の中で「お前、どんなに気持ちが強くて綺麗でも、それをやったら肯定してやれねえよ」ということを、主人公・帆高はしてしまう。

運命に恵まれなかったとか、人生レベルで運が悪い人、とも言えるし、因果応報とも言える。人によっては強い嫌悪感を示すだろうし、クソ野郎だと罵り胸に重いものを溜めてしまう人、激昂する人、悲しくなってしまう人もいると思う。仕方ない、これはそういう話。

 

映像表現の素晴らしさは、アニメーションの世界は年々進化してて本当に凄まじいなと思う。
数え切れないほどのタイアップの功もあって現実世界の物物が怒涛の勢いで登場するんだけど、東京にいる人間なら知ってる景色ばかりだし、それをアニメーションでリアリティを追求した上で描くというのは、もうこれは、もはや新海誠はドMと言ってもいいんじゃないだろうか。。

とはいえ現実と軽率に比較されても、「よくできてるなぁ」なんて思う暇もないほど丁寧で精密だった。当たり前だけどこれは後書きの感想だからこういうことを言える。作画スタッフの探究心もまた壮絶の域。

そしてそんな表現を可能にしたからこそ、そんな壮大な美景を描き出せるからこそ、ミクロを突き詰めたエゴを物語として乗せることに意義があるのだと思う。

 

攻めたな、なんて言うのは野暮すぎる。
正直、ここまでやらないと伝わらないテーマなのかもしれない。きっとそうだ。極端なくらいやってようやくちょっと染みる。表現の、表現する側にとっての残酷ってそういうものだと思う。だからか、あるいはだからこその、最大限の力を込めての真っ向勝負。最後の最後は殴り合い。
「君の名は。」もそうだった。究極的に密度を高められた、たったひとつの願い、あるいは想い。

 

エンドロール、夥しい数のキャスト・スタッフ・企業の名前が羅列される。そのすべてがこの物語のために動いてきて、スクリーンに乗り、作品として結実する。その一点に万雷の拍手を送りたいと思うのです。たった1人のエゴの物語ために結集された総ての力に。

 

昔の職場が描かれていてハッとしました。

この作品におあつらえ向きの場所で働いてたんです。