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35 ここ最近自分の中でアツいアイドルを紹介する

ゆるめるモ!さんが1ヵ月もの間首都圏でライブをやらない影響で浮気し放題の一部オタク達ですが(実際の色恋的な意味での浮気もこうやって起きるんだと思います)、自分もご多分に漏れず今年入って初めてゆるめるモ!の出ないイベントに足を運びました。

初めて観るところばかりだったのでとてつもなく新鮮。最近新規開拓をしていなかったこともあり、それでいてとても良いグループばかりでとてもテンションが高いです。

本日ご紹介するのはその中でも特に輝いて見えた2組Living Dead I Dolls劇場版ゴキゲン帝国です。Twitterで散々褒め讃えたけどちゃんと書かせてください。。

■Living Dead I Dolls

運営時代に何度か対バンした方がメンバーになったというので拝見。

『さあ甦ろう』現代ゾンビアイドルユニット
Living Dead I Dolls
ラウドロックを基調とした4人組のアイドルユニット
社会に苛まれアイデンティティを見失う現代の世の中で
アイドルが生きる道を探していく物語

 現代はコピペ機能が秀逸過ぎて露骨。つらいです。
こちら公式サイトから引用。

『さあ甦ろう』っていいよなあ。
ここで真っ先に頭に浮かんだ吉井和哉「SNOW」の歌詞を引用します。

人間の魂は生きていたってさ

死んでしまうこともあるとかないとか 

 生きてても死ぬんですよ、人間。経験した人にしかわかりませんが、経験した人は少なくないはずです。
物販で販売されているデモ音源CD-Rには歌詞カードが入っていなかったのでいまひとつコンセプトを汲み取りきれていませんが、目の付けどころにエモの予感を感じさせます。

デモ音源……といっても製品としての完成度は既に高く、まだクオリティ上げるん…?という感じ。現時点でメンバーとの接触手段が「CDを買って特典券をもらう」に限られており、熱心に通うファンはライブの度にCDを手にするわけで、即ち配布を促す形に。楽曲志向アイドルとしての熱意と覚悟を感じます。


公式の記載通りラウドロックをサウンドの主軸としたアガパンサス」「I DOLL?」に加え、「Leady」「ALiVE(CD未収録)といったデスメタルナンバーも存在。
それでいてゴシックな衣装に身を包んでいるため様式的にはゴシックメタルといえるのかもしれないけど、そこはコンセプトを汲んでデスメタルとしておきたいというかもっと言えば「リバイヴ・メタル」と表現すべきなのかもしれない。


アガパンサス (LIVE) / Living Dead I Dolls


ALiVE (LIVE) / Living Dead I Dolls

そんな世界観ゆえかこの音楽性の中にジャズを織り込んでもバシッとハマったりする。動画も公開されていない未発表曲には、ヘヴィーなラウドロックからサビでメジャーコードのアイドルポップに華麗にシフトチェンジ、したかと思えば間奏でがっつりジャズをキメる…といった曲もあるし(これめちゃくちゃ好きだった)、メンバーの花桃さとみさんの生誕ライブで初披露・デモ配布が行われた新曲「it's show time!!!」になるともう全編通してジャズロック・ブギーという具合。

というか何を隠そう「it's show time!!!」については花桃さとみさん自ら作詞・作曲を手掛け、ピアノで演奏参加もしています。そもそも加入前はとみにか共和国を名乗り、作詞・作曲・編曲・プログラミング・ミックス・マスタリングまで自身ですべてこなすソロアイドル兼DJ兼音楽家として活動、さらに楽曲提供やサポートミュージシャンとしてのライブ参加もこなすという経歴を持っています。なので個人的にはアイドルというよりミュージシャン・アーティストとして見ています。(こう書くとアイドル≠アーティストみたいで嫌なんですけど、まあニュアンスとして伝わりやすいかなと…)


活動後期の作品はゆめかわ混じりのハードコアテクノを中心にエレクトロ・ポップサンバニルヴァーナを意識したロックナンバーなどわりかしジャンルレスで、かつなかなかに暴力的な音圧が特徴的でした。曲によってはアイドルでありながらトラックの音量がボーカルを上回っていたりも。


(完全自主制作、流通・配信もしていないので現在は入手困難…)


そんな彼女の音楽的なルーツはジャズだそうで、当時仕事でお会いした際に影響を受けたミュージシャンを尋ねたところ、バド・パウエルレッド・ガーランドを挙げていました。

というわけで見事に本領発揮といった具合でぶち込んだジャズナンバーは見事にグループの音楽性と融合しその世界観を拡張するに至ったのでした。

ソロバージョンの試聴音源が公開されています。実のところ歌詞が非常に内向的なのでソロ歌唱のほうが沁みるものがありますが、フルサイズは先述の生誕ライブの予約特典でのみ配布されたものなので現在入手は難しいです。

soundcloud.com

鼻歌を書き起こしてもらって作曲クレジットされてるタイプのアイドルとは違って、理論だったりスキルだったりそのジャンルのセオリーだったりをしっかり押さえていてクオリティが高いです。(まあ自分自身音楽理論とかわかる人ではないのですが、聴いてきた経験上やっぱり経験値とそれに伴うセンスがあって作れる曲だなあ、と思った次第です)ソングライターとしてもますます期待。

関係ないですがメンバーの八屋いち架さん、写真が盛れてなさすぎです笑
本物のほうが可愛かったですね~。

 

■劇場版ゴキゲン帝国

「最終未来兵器mofu」から改名して現在のグループ名に。

ブレイク中の某オタクアイドルを輩出した名門アイドルコンカフェの元人気キャストが加入したということで気になっていたのですが(その人目当てで観たんですよね実際)、「『大切なお知らせ*1という楽曲を発表しMVに推しが卒業したことがあるアイドルオタクを参加させる」「解散したグループのTシャツを着ていくとチェキが撮れる」「バスツアーでオタクにゴミをプレゼントする」「メンバーが決定した正式なあだ名を使わないことについてお詫びツイートを掲載する」「ダッチワイフに欠席メンバーの衣装を着せて写真を張り付けてサインはセルフのチェキ会を行う」など錚々たるふざけぶりがTwitterで度々目撃されていたのでなんとなく破天荒だなあとは思っていました。


【MV】劇場版ゴキゲン帝国 『大切なお知らせ』

(切ない…自分も推しが2ヵ月で卒業ライブもなしに卒業したという苦い経験があります…)

これがいざライブを観てみると、歌唱やパフォーマンスなど個々人のスキルが高いことが発覚。ちゃんとスキルを身につけている人達のふざけはそりゃあもうゴキゲンにもなるわけで、時間の関係で後半半分くらいしかライブ観れなかったもののすごく惹きこまれてしまいました。ふざけてる人達好き。

曲も「人の金で焼肉食べたい」とかエゴサしてブロック」とか、某界隈ネタらしい「ZOO」とか笑
「メタ・アイドル」とでも言いましょうか。これでなかなか曲がいいのも笑えます。


【MV】劇場版ゴキゲン帝国 『人の金で焼肉食べたい』
(わかる)


劇場版ゴキゲン帝国の現場はこんな感じです【Live】

ふざけまくってるメンバーの中でもリーダー白幡いちほさん(Wiki見たらタメでした)が圧倒的で、ゆるめるモ!がレギュラー出演しているテレビ東京「ほぼほぼ」のレギュラー選抜オーディションで見事レギュラーを勝ち取ったキャラは伊達じゃなく、アイドルグループのリーダーなのに誰よりも自分がネタ担当であることを譲らない気概があり、そのスタミナ切れを知らぬテンションでフリーダム化していた物販フロアの中でも存在感を放ちまくっていたのでした。
後で調べてみたらお笑い芸人なんだそうで、客席の把握力や見せ方はさすがといったところ。彼女の存在があってこそ他のメンバーも心おきなくふざけられるんだろうなあと感じるライブでした。まさしく。逸材ですね。こういう人が直接ステージで牽引しているおふざけは強い。ふざけてるところはまあいっぱいありますが、エンターテイメントとしての芯の強さを感じるのはここくらいですね。グループ名の意味体感してわかりました。

なお、推しは九軒ひびきさんです。

 

 

以上で~す。人の金で食べる焼き肉は最高ですよねえ~

*1:アイドル運営がこのタイトルでブログやHPを更新したらメンバーの卒業や脱退、解散が告げられるという汎用呪いの言葉。同義語に「重要なお知らせ」。ポジティブな内容、例えばリリースや大きなライブの告知は「重大発表」とされ告知の告知が行われることが多い。

34 震えて甦れ

「震えて甦れ」

ゆるめるモ!の新曲のタイトルである。
これだけで既に、土臭くも生々しく情景が思い浮かぶ。
冷え切った死後硬直に近い心・体に血が通い出し、体中に体温が巡る様が想起される。

2017年2月15日。新宿BLAZEで初披露されたこの新曲はまさにそのイメージに違わず、それでいてこちらの予想に対し阿修羅の手数の如く裏切りの限りを尽くす怪曲となった。

MARQUEEの連載にてDillinger Escape Planのような展開が変わりまくる変態的な楽曲の存在が明かされていたことに加え、作曲者ハシダカズマ曰く「転調バキバキにやっていいと言われた」とのこと。実際、開始1分で既に何が起こったのかわからなくなっていた。「Hamidasumo!」初聴以来の衝撃だ。

こちらが掴みかける前にするりと逃げてゆくリズム、メロディー。轟くノイジーなロックサウンドがベースに展開されているかと思えば、突然ダンスチューンに様変わりする。縦横無尽に飛び回っていた歌声が、突然芯の強いメッセージを真っ直ぐに解き放つ。一時たりとも目が離せない。もちろん耳も。

終盤に進むにつれ、混沌としたリズム・旋律の中に一閃、サビと思しき印象的なメロディーが突き刺すように何度も現れる。
不意に祭囃子のように姿を変えたバッキングはまるで鼓動のようにも思えた。
そのメロディーは姿を見せる度にメンバー各々がステージの中心に陣取り、ソロを取る。いずれも、その表情と歌声には強い意志のようなものが宿っていた。

やがて混迷を極めた音の渦は力強さと共に収束を見せ、地殻を突き破るかのような強靭なグルーヴを生み出す。それは4人になったゆるめるモ!がこれまで暖めてきた底力が大地を突き破って噴出するかのような怒号。

そしてこの激震の果てに彼女らは問いかける。
「どうする?」
「私は行く」
と。

ゆるめるモ!は変わった。
こんなにも強く、逞しい。
誰かに演じさせられているヒーローではなく、自らの力で弱い者のために道を拓いていける戦士となった。
ゆるめるモ!から目が離せないのは、ここからだ。


ゆるめるモ!「孤独と逆襲 EP」
2017.3.15 Release

33 サムライ

職場のモテるやつがアルバイトの女の子からもらったチョコを「これ○○ちゃんから俺宛のチョコだけどいらないからみんなで食べてー!」と大声で言いながら帰っていった。チョコは封も開けられていなかった。
その女の子、けっこう可愛いな~と思っていたのでまず自分が義理すらもらえてないことに対するショックもあり、加えて義理だろうと何かしら込めていたであろう気持ちを無下にされた彼女がこれを知ったらと思うと、その心中察するに余りあるわけで、心臓が爛れるように泣く感覚に襲われるのであった。
俺だったら例え義理でも一人で残らず全部食べるし、しっかりお返しもする。好意は遠慮なく受け取り、しっかり返す。そういうものだろう。
ググったら義理チョコを面倒くさがる男は9割とか書いてあったが、その程度のことを受け入れる器もなくて何が男か。その程度の余裕もないならその貧相なアメリカンクラッカーをさっさと切り落としてしまえ。

しかしこういうやつがモテるんだから、世の中はうまくできていない。需要と供給が正しく噛み合っていない。あゝ俺がもっと魅力的な男だったらこんな悲劇は起こさなかったのに。(予め断っておくが自分の本命は件の彼女ではない、がとても魅力的な女の子である)

あまりにもモテないから……といって野菜をレイプしたりはしない。
が、大昔モテていた頃の話と以降の没落、それにまつわる人格形成の経緯などを赤裸々に綴ってやる。
これ将来俺が何らかの形で売れたら書籍化して印税にできたやつをもうこの時点で無料大放出するわけだから大損でしかないのだ。心して読み、そして惨憺たる気持ちになるがよい。これは嫌がらせだ。
しかしながらこの先を読んでなお交流を捨てずにいてくれるような寛大な聖人君子諸兄におかれましては生涯良き友として付き合えるはずです。私は義理堅い男ですからいつしか心に感じる恩義を形にすることでしょう。

なお自分語りはセックスにも勝る快楽を脳が感じるそうで、即ち童貞にうってつけのストレス発散方法なのである。彼女などもうできるとは思っていないので(悲しくなるので希望は捨てていないが)、セフレ募集中です。


保育園から小学生の頃はそこそこモテていて、当時のクラス環境的に異例中の異例ともいえる''女子の家に呼ばれる''なんてこともあり、しかもそれが好きな女の子でその子のお母さんとも公認な雰囲気だったんだけど、あまりに自分が鈍感すぎて&クラスが変わって話さなくなり、結局最後までなにもなかった。一文で語りきってしまったがこの調子では息が持つまい。知ったことではないが。あの当時子供が携帯を当たり前に持っていたらまた違ったのかもしれない。

塾では受験のときに同じクラスの女子と二人きりになったときに「同じ学校行こうよ…」と切ない声で言われたけど、「悪いな、第一志望(男子校)受かったからさ…」と振り返らずに電車に乗り込んだ。男はいつでも悲しいサムライ。なお彼女の気持ちに気付いたのはそのおよそ10年以上後のことである。そしていま考えれば同じ学校行ってりゃよかった本当に。(6年間男子校はダメです)

こうして悪気なくフラグをへし折り続けたそこそこモテた小学生時代の自分、おそらくスクールカースト上位だったからだろうなーと思う。クラスのガキ大将の一角、みたいな。頭が回り、成績は良く、短気で喧嘩っ早く、いじめっ子でもあった。
いじめっ子といっても所詮は田舎で、プロレスごっこが関の山。相手が泣けばさすがに必死に謝る程度の良心は持ち合わせていた。
深刻な問題が起きたことはないとはいえ、やはりされていた方としてはたまったもんじゃないわけで、数年後たまたま再会した気弱な元同級生は、身構えながら話していた。


これが中学に入ると一転、いじめられっ子になる。新しい環境で打ち解けられず、というか新しい環境のはずなのに同じ塾出身同士でグループが入学式の日からできていて、人見知りしまくる自分はものすごい勢いで輪に入り損ね孤立した。そしてなにより体育会系ではなかった。
プライドの高さと被害妄想もあり、勝手に孤立していった可能性も高い。たまに優しくしてくれたクラスメイトにも牙を剥く始末。
同級生が進んだ地元の中学に行きたいと何度も頭を抱えていた当時。気付いた友達が先生に伝えて解決してくれたけど、それは俺がいないところで担任がクラスに話をするというやつで、戻ってみたら急にみんなフレンドリーになったもんだからあまりの豹変ぶりに今度は人間不信になった。とりあえず表面上社交的にコミュニケーションを取る能力がもののついでに備わった。
以後6年間の中高6年間はさながらデスタムーアに閉ざされた狭間の闇の世界であった。

共学だったら何かしらが二転三転してロマンスの一つや二つ、叶う叶わないに関わらずあったのかもしれないが、本当になにもなかった。そんなパラレルワールドも生きてみたい。
しかし最近WOWOWで放送している四畳半神話体系を観て、共学行ってもこうなってただろうよと嘲笑う自分がいる。
ああそりゃそうさ、やり直すなら生まれる家を選ぶところからだった。


なにゆえいじめっ子だったのか。
他人を攻撃することで優位に立つ、という基本的なスタンスを教えたのが身の回りの大人達だったからだと思う。
物心ついた頃には母は離婚しており、父親の記憶はない。高2の頃に再会した父親には「お前モテなそうだよな」とか言われたが黙れ50過ぎのフリーターハゲ(本当にハゲてる)、と心の中で言い返しておいた。

最古の記憶の一つに、自分を寝かしつけてバスルームに向かう母と当時の交際相手だった男の姿、というものがある。気持ち悪い色彩の青緑のラジカセを遠目に見ていた。

端的に言えばその母の交際相手の男に虐待されていた。

保育園に送ってと母に言われていたのに、自分を酒屋の仕事に付き合わせ、明らかに運べないような鉄の樽なんかを無理やり運ばせる。
帰ってくれば車の中で椅子に立たせ、明らかに車高が足りず真っ直ぐ立てないのに「真っ直ぐ立てよ」と怒鳴りつけてきた。カーラジオからはZARDの「揺れる想い」が流れていた。
家に戻って風呂に入れば顔面にシャワーをかけられ続け、知恵を使って壁側を向いて体を洗う。
そのまま湯を抜き、2,3cmほど残した状態で浴槽の中に寝かされた。そのまま寝ろといい男は風呂場を後にする。そして本当にそのまま寝てしまい、朝起こしに来た男に無言で頬を叩かれた。
ビールを飲まされて気を失ったり、家のアパートの一番段数が多い階段(12,3段)の上から蹴り落とされ「勝手に転んだだけ」と言われたこともあるし、ゴミ袋に閉じ込められたことだってある。(このときはトイレットペーパーの包装ビニールに指を押し込んで穴を開ける困った癖が幸いし、自力で脱出した)
折り畳んだ布団の中に入れられて上からのしかかられた時は本当に死ぬかと思った。

幼少期の記憶はこれくらいで、他はなにも覚えていない。楽しかった記憶はほとんど残っていない。
あ、いま同じ組のうそつき女子が「風船型のゲームボーイが出る」と嘘をついていた話を思い出した。そして信じていた自分。別にこれは楽しくもなんともない…

人格形成が不充分であり、当時は感情がまだ確立していなかったためか、出来事の記憶しか残っていない。辛いとか怖いとか思うことができなかった。保育園で父の日のプレゼントを作りましょうと言われた時はこの男にそれを贈っていた。心と思考が正常に機能する年齢ではなかった。
虐待は年長になる頃にはなくなった。別れたようだった。

しかし、母も母だった。
男に比べればまともではあるが、優しさのネジの締め方が間違っていた。
自分がなにかすれば怒鳴る、叩く、ものを投げる。優しく諭すということができない人だった。
「こうやって言わなきゃわかんないじゃないのよ!」と言うがそんな風にされては萎縮するだけで聞き分けが良くなるわけではない。
勉強を頑張れないときは「やらなきゃいけないことなんだからやれ」「自分のためなのよ」とか言うが、幼い子供にその実を自明に理解できるはずもなく、やる気を出させる創意工夫は一切行われなかった。
褒められることもなかった。たまには褒めてくれてもよかったのだが、「おーよちよちえらいでちゅね~♪とでも言えばいいの?」と冷たくあしらわれた。
習い事での挫折も多く、褒められることのない環境で長続きしたものなど何一つなかった。

男も母もまず怒鳴る、暴力、の人だったから、大人には怖くて何も言えなくなったし、怒られる=殴られる、だったから怒られないために嘘や隠し事をする子供になった。声も小さくなる一方だった。
「どうして嘘つくの!!!!!」「黙ってたってわからないでしょうが!!!!!!」あんたが殴るからだ。

結局そのまま大人になってしまい、バイト先で謝らないことを怒られることがあった。そんなことで怒られたことはかつてなかったが、何度か怒られるうちにやっと改まってきた。いま思えば恥ずかしいことだ。
思えば母は自分が悪くても謝らない人だった。それは今も変わらない。母親が謝る姿を見せてこなかったのに子供がちゃんと謝れる大人になれるわけがない。
ちなみにこの母親、「飯食わせてやってんだからありがたく思え」とか日常的に言うし、話しかけても反応がないから「聞いてる?」と言ったら「興味がないから」と相槌も打たない。同じことをやり返したら「どうしてそういうことされなきゃいけないのよ!!!!」とヒステリーを起こす。そのあとまともな会話が成立したことがないのでもう諦めている。
何度も何度もぶつかってぶつかって、手応えがなくて、もう完全に家族を諦めるしかなくなった。

アルバイトなどで世の中に出るうちにようやく自分の親がおかしいことに気付く。でももう青春なんかとっくに終わっていて、なにも取り返せない歳になっていた。


人に怯えるのが癖になってしまったのかもしれない。会話力の低さは警戒心と生まれつきなぜかあるプライドの高さによるものだ。
優しい親に育てられた人達からは暗い暗いと敬遠され、もう人生レベルで太刀打ちできなくなっている。
日陰者でも日向暮らしに憧れるから、なるべく日向にいる人達と関わってそうなろうとしているのに、どうしても過去の人格形成が足枷になってまとわりつく。日向で生きることなんか許されてないんだぞお前は、と言われているようだ。

それでもここで闘い続けなきゃ永遠に幸せになんぞなれないぞ、と自分を奮い立たせるしかない。
結果死ぬまで幸せになれずとも、諦めたまま時間をただ無下にするのではなく、闘い続けた果てに無念の死を遂げることが生まれてしまったことへの筋の通し方だと思う。

男はいつでも悲しいサムライ。
縁と義理人情を大切に。
義理義理チョコップ。

義理でいいから誰かくれねーかなー

32 音楽と日向暮らしには常に憧れる

2011年という1年は本当に激動だった。価値観やカルチャーへの関心がかつてないほど大きく動いた年でもあり、心のままに動きふと気付けば失ったもののほうが大きかった年でもあった。

この年がっつり関わった今はなき某劇団との出会いは前の年の秋だった。夏頃にたまたま見かけたぶっ飛んだアートワークのチラシ、Twitterで稽古見学自由!みたいなことを言っていたこともあり、なんだか無性に気になって見学させて頂いた。

劇団の話は今回はほとんどしない。あんまりしたことがない話をする。
このとき劇団のパフォーマンス用の音源を制作しているDJの方に出会った。舞台音響をちょろとやっていると話したら興味を持ってくれたらしい。
あとで聴けばアンビエント系のDJで、パフォーマンスで使われていたアイドルアニソンJ-POPをはじめ様々なカルチャーにある音楽の美味しいところを情報過多にミックスしまくり、さながらハードコアノイズにまとめあげた音源からは想像もつかなかった。
それまでの自分はメジャーのそこそこキャリアのあるバンドばかり聴いていて、アイドルソングやアニソンなんかは目から鱗のものが多かった。高校の同級生にオタクが多かったから入口自体はそんなに狭くなかったけれど。
他にもインディーズのエレクトロなんかは自分が聴いていた音楽からはルーツも含めて完全に逸脱したところから発生した音楽という感じで、とても刺激的だった。

「おすすめの曲教えてよ」と言われて焼いてったCDを聴いて「いいDJになれるよ」と言われた。
DJになろうとはしなかったけれど、なんかそれで気を良くして今でもたまーーーーーーにDJミックスみたいなものを作っている。
その方の影響もあってアンビエント的な
アプローチも入れる癖がある。風の音とかよく入れる。

秋の京都公演に同行したとき、稽古場を他のスタッフに任せサウンドチェックに付き合っていた。
パフォーマンスみんな死ぬ気でやってるから、極力声を張って、それでラップやって、ということを言われ、その場でとりあえず歌えたのが「Feelin' Good」という曲。DA PUMPのデビューシングルで、プロデューサーのm.c.A・Tのカバーでもある。両者のバージョンは副題が違うので端折った。
オーディエンスがいたわけではないものの、人前で大声で歌ったのはカラオケ以外だと初めてだった。

夏頃から「言葉の人」だと言われていた。ラップやポエトリーリーディングを薦められ、オススメ曲のCDも焼いてもらい色々聴いた。Totoなんかはゆるやかに衝撃を受けた。
京都でのサウンドチェックの「Feelin' Good」はとても褒められた。よくよく考えたら自分の人生において自分をあんなに褒めた人はいなかったかもしれない。親に褒められた記憶はないし。

演劇の世界に既にどっぷりだった自分は音楽活動の糸口を探そうともしていなかった。よくわからなかったし、人に頼んでどうこうみたいな度胸はなかった。基本的に孤立している人間だった。望まずなった一匹狼という感じのほうが近いかもしれない。

そもそも大学生になってから軽音と演劇を掛け持ちし、軽音がぐだぐだになりすぎたタイミングで演劇が楽しかったからそっちに行ってしまったという感じ。そりゃ当時は今に比べて(今もだけど)圧倒的に服装はダサかったしブサイクだったしデブだったのにやりたいものがボーカル1本だったのがいけなかったんだと思う。大人しくドラムやってりゃよかった。でもなんかそもそも暗黒の中高時代を送った人間が大学デビューできるわけはないのだから同じだったかもしれない。
演劇のほうも小劇場に流れるようにして2年でサークルを辞めた。決してレベルの高いサークルではなかったこと、先輩がいなくなったこと、より面白いフィールドで動けることが理由だったけれど、何より人との関わりの中で自分のダメさに耐え切れなかった。今でも当時のサークルのみんなには申し訳ないと思っている。

その後、演劇は自身の企画が倒れたことで完全に意気喪失し、一時期は完全に廃人になっていた。
学校にも行かず2回も留年して、何も残らなかった。いや、取ってない100単位だけが残った。少しだけ借金もしていた。
夏休みはバイトに明け暮れて気を紛らわせた。8月は27日間働いた。
その後まさかの出演のオファーを頂き、楽しんでできたのでメンタルはずいぶんと回復した。ただ期待に応えられるような演技はできていなかった。あまりにも未熟であった。

新しいバイトをはじめ、その中でとりあえず卒業をしようと奮起し、なんとか2年で100単位を稼いで大学の卒業には成功した。
しかし特にやりたいこともなく、週5で授業にがっつり出ていたことと母の癌もあり、また就活生を見て気持ち悪くなってしまったため、結局就職をしなかった。そのタイミングでバイト先は改装工事で一旦契約が切れ、次年度以降条件の折り合いが悪いということで退職し現職に移った。アイドルのプロデュースをはじめたのもこの頃である。

準備などなにもなかった。貯金もないし、とにかく最低限の資金すらなかった。投資もなくはじめた活動は厳しく、最初のオリジナル曲にこぎつけるまでに半年以上かかってしまった。
それからさらに半年経って発表したオリジナル曲は自身でプロデュースと作詞を手掛けた。評判も良く、達成感もあった。
実は昔から、それこそ中二病真っ盛りの頃から携帯のメモ帳には思いついた詩のようなものを無尽蔵に書き留めていた。省みることはほとんどないものの、それは知らず知らず言葉のチカラを鍛えていたのかもしれない。作品の発表は些細なことながら数少ない自己実現の達成でもあった。

秋には1年半に渡るプロデューサー業を降りた。やはり経済的・体力的な限界があった。身内の入院も相次ぎ、なにもない自分を投げ打ってまで続けられなかった。理由はこれだけじゃないが、これ以上を話すことはまあ生涯ないだろう。

自分の生活を立て直すことが当面の目標になった。服にお金をかけて身だしなみを整えた。職場の人間関係も大切にするようになった。リラックスして日々を楽しめている実感はある。
それでもやっぱり日陰者が日向に出るのはまだまだ苦しい。とはいえ日向に憧れる身としてはこっちに慣れていかなきゃいけない。
そうやって生きる中で、年齢と共にどうしても考えなきゃいけないことがある。

困ったな、夢がない。

いや嘘だ。本当はあるんだ。

昔から、自分で自分の言葉を歌うことに憧れていた。
歌うのが好きで、言葉を書くのが好きだった。
頭の中のメロディーを形にしたかった。アレンジまで出来上がっているものだってある。
ただ、楽器はできないし楽譜は読めないし、今までも練習はしようとしたけどなんだか続かなかった。怠惰でダメだった。

バンドとかやってみたかった。フツーはやろうと思えば誰でも出来るんだろうけど、学校に友達はほとんどいなかった。誰かとなにかすることが許される人間だと思っていなかった。
そもそも声が良くないし、上手いわけでもないし、細くないし、顔もダメだ。ステージに上がれる人間だという気がしない。バンドマンはカッコよくなくちゃいけない。

気が付けばもう四捨五入すれば30が見えてくる歳になってしまった。ゼロから気軽に夢を追える立場ではなくなっていた。

この先にあるのは仄暗い、なんなのか。
それでもやってみるべきなのか。
やってる場合なのか。仕事探すほうが先じゃないのか。
なにが自分を絡め取っているのかいまひとつ掴めない。
どこかに振り切らないと彼女も作れないだろうな。

31 親は感謝すべきとは限らない

新年明けましておめでとうございます。

前の記事にも書いたのですが、2016年は「終わりとそれに伴うはじまり」が世の中全体に大きな流れとして存在していたような気がします。そしてその潮流はまだちょっとだけ続いているようにも。

自分自身ひとつ終わらせたことがありました。関わっていた人達も次々と辞めています。花の命は短い、というのは健康な土に根を張れる花が少ないからなのかもしれません。

この先は自身のFacebookからの転載です。書いてから不思議と何度も読み返していて、なんだかこの文章を書いたことで新しい区切りをつけて「はじまり」をはじめられるような、そんな気がしました。
なのでこっちにも載せます。

***

見ていて気分の良い文章ではないはずなのでこの一文以降スルーするのが吉です。おみくじ。

親に感謝できる家庭、に憧れている。それが世間では当たり前で美徳みたいに言われているけど、そうできる家庭は恵まれていると思う。
きっとうちの母親は自分の大切な人を無神経に傷つけるから(これは確信をもって言える)、そろそろ彼女でもほしいな~とか思うけど「がんばって作ろう!」みたいな気分になるのも憚られる。友達だって会わせたくないし実際大学以降にできた友達とは会わせていないはず。結婚だってゆくゆくはしたいけど母親に関知させずに子育てまでしたい。

世間になんと言われようと母親が死んでも葬式は出すまいと心に決めている。餓鬼道の腐れ鬼畜生めがと言われても構うまい。それほどに長年積まれた憤怒と憂鬱の山は高い。謝罪の一つでもあれば良いのだけど、あの人は謝ることをしない。
絶対にしない。親があまりにも謝らない人だったからか知らないけども、謝ることをいい歳になるまで知らずに生きてしまった。今にして思えば本当に恥ずかしい。

かといって自立できるような経済状況ではないので、さっさと自立して縁を切ってしまうのが自分のためだなと思う。祖母と叔父夫婦だけ関係切らずにいれば困ることはなんにもないし。本当に。

「育ててもらっておいて」なんて言う人もいるかもしれないけど、うちの母親は昔からよく「世話してやってんだからありがたく思え」と自分から
言うし(ぶっちゃけ世界中の親がやってることなんだから威張って言うようなことではない)、小さい頃から「無能」とか「不細工」とか言われながら育ったし、こっちが話しかけると無視するしそのくせ自分が無視されるとキレる、という具合なので家にいると人としての尊厳が損なわれてるような気すらしてくる。「親には感謝しなきゃいけないはずなのにそれができない」と病んだ時期もあったけど、必ずしも感謝しなきゃいけない存在ではないと気付けてから少し楽になった。ダブルバインドからの解放。
家庭に良い思い出がない。ほしい。感謝どころか逆に喰い潰してやるか、みたいな発想にしかならない。それでも親には感謝しなきゃいけないのでしょーか。だとしたら奴隷として生きなきゃだね。

という風に書いてみるとまあ、何に向けて日々がんばったらいいか少し見えてきたかもしれない。
独り善がりの戯言を文字に起こすのは自分にとってのストレス発散でもあるので書いてみてよかったようなそんな気がします。

母親と縁を切るのが今のところ人生の目標です。刺々しい言葉に見えるし不幸なことに思えるかもしれないけど、何が幸せかって人それぞれだよ。本当に。ネガティブを追求して闇に逃げ込むことが生きられる唯一の道という人もいるし、人に理解されずとも自分を見失ってはいけない。心の事情は社会通念では計れない。
自分の場合はこうです。と胸を張って言うことでやっと半歩ほど進める。

***


今年は(も)みなさまになんかしら良いことがありますよう。
慌てることがあっても素数を数えて落ち着きましょう。
2017は素数ですからね。

30 ロックスターだったら来年死んでた

だってあと5ヵ月もしないうちに27才。MOVE OVERしていきたい。

今年はなんだか死と再生を意識するような年でした。そういう経験自体は4年前から今までの少し長い期間の中にすごく感じるのですが、もう少しミニマルなところでだったりあるいは世の中に対してだったり、という体感の年。

クリスマスは働いて
大晦日は祖母の家で年を越し
元日は働かず
誕生日は用もないのに休みを取る

これは毎年のことなので守りつつ、えーなんと2017年は6年ぶりの素数年だといいますから、慌てたときは素数を数えることをなにかにつけ奨励する、時に切ないまでに……そんな人生を来年は送りたいと思います。嘘です。

この歳になってようやく「これからだぜ!」と思えるようになりましたね。
これまではなんか歳を重ねるごとに憂鬱になっていってましたから。23歳か……24歳か……と。


ジュマンジ。(〆が思いつかなかったときに使う代用語)(いま考えた)(2観たい)

29 今年の漢字

「再」


今年最初のできごととして、イエローモンキーの再集結とデヴィッド・ボウイの訃報が報じられました。
1月8日、デヴィッド・ボウイにとっては誕生日でもあるし、イエローモンキーにとっては最後のライブをした日でもある。(2004年12月28日に「JAM」をプレイしてはいますが、正式に開催されたコンサートとして)
ボーカルの吉井和哉はなにかにつけ「1」と「8」に縁のある人生を送っている人で、今年の申年は特に強烈だったに違いない。8日の再集結発表の2日後にデヴィッド・ボウイの訃報が報じられることとなる。
当時の吉井和哉の心境たるや心中察するに余りあるものがあり、事実最初に出したコメントが「意味がわかりません」というこの後どうなるかならないかファンはハラハラと見守っていた。

訃報はこれだけにとどまらない。

イーグルスグレン・フライ、アース・ウィンド・アンド・ファイアのモーリス・ホワイト、キーボード奏者のキース・エマーソンビースティ・ボーイズのジョン・ベリー、スーサイドのアラン・ヴェガ、これも世間を驚かせたプリンスなど、音楽界だけで見ても錚々たる面子がこの世を去っている。
またハリー・ポッターシリーズで最重要人物のひとりであるセブルス・スネイプを熱演した、俳優のアラン・リックマンも今年天に召されたうちの一人。
イエローモンキーファンとしては「バラ色の日々」「聖なる海とサンシャイン」を手掛けたプロデューサー、朝本浩文の逝去
も記憶に新しい。

死とは新たな旅のはじまりなのかもしれない。
吉井和哉が近年リリースした中でも大事にしている楽曲「ボンボヤージ」、旅立つ祖父から孫達へ向けたイメージだという船出の歌である。

生活を変えざるを得なかった人達もいる。

今年最初にして最大の芸能スキャンダルといえば、ベッキーゲスの極み乙女川谷絵音の不倫報道だろう。とかく川谷サイドに関してはあまりにもよく出来たエンターテイメントにすら思えるマテリアルが揃っていて、この当時渋谷のセンター街でよく流れていたのは「ロマンスがありあまる」だし、報道直前にアルバムのリードトラックとしてよく流れていたのが「両成敗でいいじゃない」でそのアルバムのタイトルが「両成敗」。しまいには「ゲス不倫」という語呂バッチリな造語まで週刊誌に作られ、以後年内の不倫騒動にはしばしば「ゲス」の文字がつきまとった。ベッキーがタレントとしての好感度がずば抜けていたことからこの件については長く尾を引いたわけで、そういえばアルバムには「続けざまの両成敗」という曲も収録されている。

ベッキーにせよ川谷にせよそこまでやらんでも、というくらいの社会的制裁を長きに渡って受け続け(公私分離が完全には不可能な芸能界における責任云々のことはもちろんあれど)、二人とも、いや川谷の元嫁もだが、新しい生活へのスタートを余儀なくされたであろう一件だった。

余儀なくされた新しい生活、というと熊本地震インパクトも強烈だった。
近年に3.11という未曾有の大災害があったためか、当時のノウハウも活かされ、津波原発などの大規模な二次災害こそなかったとはいえ、大雨による被害者の増加もあり、今なお被災者の避難生活は続く。
首都圏も他人事ではなく、実際に起きている問題としてこの熊本地震により工場が止まり、インフルエンザワクチンの製造に大きな支障が出ているという。
このペースだと復興五輪に辿り着けるのかという不安もよぎったりよぎらなかったり……

件の東京五輪も初回の1964年から実に56年ぶりに再び開催の運びとなる。当時行われていた種目はすべて行われるそうだ。
ちなみに「東京五輪なのになんで宮城?」という疑問もあるにはあるだろうが、リオ五輪ではサッカーの予選がリオから2,800km離れた場所で行われていたりもしたわけで、例えるなら「沖縄五輪で一部種目が札幌会場」だった、とかそんなレベルの距離感である。東京~宮城間なんてカワイイもんだな。

あとは大統領選とかありました。大方の予想が気持ち良いくらい外れてトランプが当選。隠れトランプがどうのと連日報じられていましたが、アメリカですらももはや自由に意見を表明できない国なのですね。なんかイメージが変わりました。
そういえばこの辺りの話で取り沙汰されたポリティカルコレクトネスなんてもんに拘ってたのは中学生の頃くらいかもしれない…

さてトランプ大統領になるもんでアメリカもまた新たな時代を迎えようとしています。ここでこじつけの「再」につながるわけですよ。
ねえ、日本はどうなっちまうのか。最低賃金1,000円を目指すなんてブルドッグさんは言ってますが、世界的に見たらまだまだ日本の賃金は安いし1,500円はないと厳しいというのに1,000円ですら日本企業に支払えるだけの力があるのか疑問だって言いますからね。アメリカの経済や雇用はトランプによって回復はするでしょうが、日本はどうなってしまうのか。月末金曜15時退社は消費対象となる小売・サービスにはなんの意味も成さないどころか無闇に忙しさばかり加速させるのでは。消費しろったって給料上がるわけでもないしねえ。あと月末は忙しいですよね。サービス残業増えるわ~なんて言ってる会社員もちらほら…
労働問題絡みで言うと客の傲慢に応え続けたことによるブラック化っていうのがありますが、ロイホの終夜営業中止なんかは客への媚びへつらい商業からの脱却って感じで良かったですねー。欧米には「18~20時の間には店閉めろ」っていう「閉店法」なんてもんがあるらしいですよ。客の方が立場が上とか思ってる糞客を一蹴して生活を豊かにできる名法ですね。

薄っぺらいことばかり言ってるのはニュースとかあんまり見てないからですよ。下手に政治語りをすると学が無いのがバレるという好例です。政治トークなんか年頃の女の子は興味無いので外で話すのは特にやめましょう。ちなみに日本人が政治に興味無いのはリーダーを選べないからだと思うわ。


てなわけで、何かが終わってそれによってまた何かがはじまる、その起点みたいなことに象徴される1年だったなーと思います。
だから

「再」