94 じゅじゅ20220327

じゅじゅを初めて観たのは2015年の@jam。横浜アリーナに併設された小さなライブハウス。タイムテーブル上でじゅじゅの次に出演していたグループの新規オタクとしてそこに来ていて、人生初のリフトを上げてもらうなどしていた日。

 

初めて観るグループで、まったく知らない曲で知らないオタクたちと肩を組んで踊っていたのをよく覚えています。*1
遡って自分のツイート見るととても楽しかったらしく、後日にも観ようとしていたようです。(体調的に諦めた様子)
対バン現場の楽しみ方を覚え始めた頃の話。しかしそこから次にじゅじゅを観るまでに約7年ほど間が空いてしました。

 

2022年1月、クロスアイデア事務所主催ライブ。*2現体制のじゅじゅを初めて観る機会が訪れます。
2015年の印象で時が止まっていた身としては、楽曲クオリティの高さと振り幅、ステージの完成度、メンバーが纏うオーラ、フロアの暖かな熱気、そのどれもが真新しい景色としてこの目に映り、こんなに素晴らしい(今の)グループを知らなかったのかと衝撃を受けました。

 

じゅじゅを通らずに妹分グループ・シンダーエラのオタクになったのだけど(珍しいらしい)、先輩グループのオタクのみなさんが妹分のライブも暖かく楽しんでくださっているのを見て、本心からとても良いグループなのだなと思いました。嬉しかったです。(オタクはアイドルを映す鏡)

 

 

話は変わりますが、以前の現場で数年前に知り合ったオタクが当時からちゅんぴ推しで、ライブは観ておらずとも存在については知っていました。

 

ある時、治外法権にまみれた極小規模のブラック企業に勤めていた自分は、壁も壊せず穴も掘れず天井も塞がれた完璧な袋小路に心身ともに追い込まれてしまい、業務関連の研修で訪れていた地方のホテルで人生を諦めることにしたのです。

 

決定的な理由は当時の環境にあるものの、それでもずっと未来への絶望感とか、自分への失望感とか、そういったものにもう十数年付き纏われているのは事実で、それは今も確かに持っているもので。


もう生きなくていい道を選べた時はどこか安心すらしていたかもしれない。

 

死んだって後悔しない。後悔できる脳ミソも感情も残らない。残る誰かが悲しんでも迷惑を被ってもそれを知覚することすらない。何を未練に思うことがあるだろうか。

 

最後の晩餐はどん兵衛かき揚げうどんだったと思います。逃げ道というひとつの活路を見出すや否や途端に心は晴れやかになり、活力が沸き出し、しっかりとお腹を満たして体を温めてから「よしやるぞ!」と、意気揚々と首縊りの紐を拵えました。やる気に満ち溢れていました。

死ぬにも体力とか元気とか活力とかモチベーションがいるようです。これは目から鱗の発見でした。人生どんなタイミングにも発見や学びがあるものですね。

 

結果として、意識が飛ぶ寸前まではいったものの死に損ねてしまいました。首周りの贅肉に対して紐が細すぎたようです… あと直前までインスタのDMで友達から受けていた恋愛相談の話の続きが気になったりしました……意思が弱い。

一呼吸おいたところで頭の中で何かがプツンと切れ、赤ん坊のように駄々をこねてでも勤め先から逃げ出すことを決意、とりあえず生きる道を探すことに心血を注いで、今に至ります。


死ぬなんていつでもできることがわかったし、まぁそれは今後のひとつの選択肢になったということで、じゃあそれを今したいかというと今は違うな、って気分になったという感じ。

 

で、実はあの時、先のオタクがちゅんぴの話をして励ましてくれていたのでした。ブログを読んでみてほしいと。

 

自死に臨む動機や心理構造こそ違ってはいたものの、どこか仲間がいるような、ありふれてこそいないながら、誰もが辿り着きうる孤独な断崖でも、以外と泊まれる村とかあるんだなと思えるような、光がすべて遮断された暗闇でも、遠く仄かに灯る明かりが視界に入ったような、そんな感覚にいくらか勇気づけられ、それ以来どこか気になる存在として、密やかに心の廊下に彼女の写真を飾りながら生きてきたのでした。


読んでほしいと言われた当時は取り付く島もないような言葉を返してしまったけど、とても感謝しています。その話はしてないけれど今日会えてよかった。

 

あ、ちなみに今はとても健康な心で生きています。考えたって病むだけで無意味なことについては考えることをやめました。(自省をしないという意味ではなく)

 

 

そんなこともあって、現体制を観れるのを楽しみにしていたのでした。写真で美しすぎる彼女はどのように眼前に存在するのか。

 

メンバー全員がオーラのある佇まいと熟練の貫禄、耽美ですらあるパフォーマンスの仕上がったグルーヴ感。
透き通るように白い肌と髪色の視覚的な部分はもちろんのこと、所作のひとつひとつが指の先まで丁寧で美しく、楽曲世界へのアプローチとしても隙がなく芸術的で、どちらもいま生きてここにいるがゆえに味わえている感動を噛み締めながら、それはとても有り難いことだなと思ったのでした。

 

次に観たのは3月頭の大阪初日。気付けば緑色を振っていて、チェキ列にも並んでいて。idollの振付や実際話してみた印象で、美しいだけでなくとても可愛らしい人でもあるのだなと知りました。
(その日チェキに行ったことを妹分の推しに話してくれたそうで、お話しできて嬉しかったと喜んでいました。ありがとう)

 

ラストライブはチケットが取れず、これだけ激戦なら新参者は致し方なしと諦めていたものの、直前に追加販売があることを知り、前日夜の最後の販売分を幸運にも買うことができたため、僭越ながらお邪魔させていただきました。

現体制を初めて観た1月の事務所主催、この素敵な舞台をもっと長く観ていたいなと思ったその念願が叶ったのでした。


大きな柱でステージは半分観えていなかったのですが、それでも様々な感情が生まれ、そして何より心から楽しいライブでした。

この時間をこの空間で過ごすことで、“「こんなにも素晴らしいのに、もう観ることは叶わないんだなぁ…」という気持ちを抱える”という呪いを自分にかけたとも言えますが、最後を観れなかったという後を引く呪縛からは逃れることができ、今日の余韻は心地好い傷を胸に残してくれています。

 

というわけで実はわずか2ヶ月、たぶん最新参のちゅんぴ推しだったのでした。

 

ご卒業おめでとうございます。

 

*1:この話をすると決まって「“食”ですね!」とじゅじゅのオタクの方々は口を揃えて教えてくださる。

*2:会心ノ一撃の出演キャンセルにより、結果としてシンダーエラとのツーマンに。