65 人間アンプ

ある売れないバンドのギタリストの男が、たまたま立ち寄った楽器店で奇妙なアンプを見つける。妙なデザインで新品でもなさそうなのだが、人の大きさほどもある機材にもかかわらず不気味なほどに値段が安い。
店の主人は「触らないほうがいい、なんか気味が悪いんだ…」と止めたが、このアンプになにかしらのアンテナが反応してしまった男はどうしても試奏をさせてくれと譲らなかった。

「気に入った」
ほんの一音鳴らしただけで男は即決した。主人は心なしか先ほどより顔色が悪い。
「タダでいいよ…手放せるもんならそうしたかったヤツなんだ。自宅まで送るよ、配送料もこっちで持とう」
男は意気揚々と帰っていった。

男は早速そのアンプをライブで使いはじめた。時代に合わない古臭いロックを愛するバンドで、トレンドを捉えられず鳴かず飛ばずの時期が続いていたのだが、例のアンプを導入してからというもの、なぜか動員は日ごとに増えていった。

バンドの評判は次の通り。
「ギターの音がまるで生きているかのようだ」
「踊り狂えとギターに直接言われているみたいだ」

アンプから吐き出されるギターの音色は、まるで動物の雄叫びのようだった。あるいは人間の悲鳴にも聴こえたという。生々しく轟くその音色は、ライブに訪れた人々を狂気的に酔わせた。

バンドは快進撃を続け、それまで夢のまた夢だった大きなステージでのライブを次々と成功させた。CDも飛ぶように売れ、大手のレコード会社からも契約の誘いがあとを絶たず、テレビ番組からも出演のオファーが殺到した。

そんな矢先、男を除くバンドのメンバー全員が脱退を表明する。

「ずっと一緒に音を鳴らしているとわかるんだが、そのアンプから出る音にはなにかおぞましいものを感じるんだよ」

気味が悪いからと替えるようにメンバーは揃って何度も男を説得したが、音色に取り憑かれた男は断固として聞き入れようとしなかった。

かくして男はソロのギタリストとして再起を図ることとなるのだが、なんと初ライブからバンドの最高動員を塗り替えるほどの観客を集めることに成功。バンド時代を超える破竹の勢いで、男は独りスターダムを駆け上がっていった。

人気絶頂の最中、2日間で15万人を動員するスタジアムライブの開催を目前にして、男は倒れたアンプの下敷きになり命を落とした。
訃報を聞いた楽器店の主人は、男に伝え忘れていた話を思い出す。

このアンプは主人が仕入れたものではない。数年前、いつの間にか店に置かれていたものである。そしてアンプが現れた前日、男と同じように音楽を志していた主人の弟は、機材運搬のアルバイト中に大型アンプの下敷きになって死亡した。その事故現場というのが、奇しくも男が死亡したのと同じスタジアムなのである。

男が遺体として発見されたのは公演前日の朝のこと。以下はその前夜の出来事だ。

演出の確認のためステージの設営に立ち会っていた男は、さらなるアイデアをめぐり舞台監督との議論を白熱させていた。あっという間に時間は過ぎ、気付けば設営スタッフも全員撤収している。施設のスタッフに促され、舞台監督と共に急いでその場を後にしようとする。
「すぐ行くんで、先行っててください!」
男は一人ステージに駆け上がった。長年大事に使ってきたあのアンプを最後に自ら手入れしてから帰ろうと思ったのだ。

人気のない夜のスタジアムで熱心に手入れをしていると、男はアンプに小さなヒビが入っているのを見つけた。
男は身震いした。大事なアンプを傷つけた運送業者か、あるいは運搬スタッフへの怒り、そして翌々日に控えたライブでこのアンプにもしものことがあったら…という不安。

おもむろにヒビに触れようとすると、どういうわけかヒビが広がりはじめ、アンプの前面が蹴破られた扉のように男に倒れかかってきた。
慌てて受け止めた男が次に目にしたのは、ありえない光景だった。アンプの中にコードまみれの人間が入っていたのだ。

「本当なら売れまくってこのステージに立つのは俺だったんだ。あの日のバイトの給料が入ったら念願だったレスポールをやっと買いに行けるってときだった。お前がずっと俺のヘソにシールドぶっ刺して鳴らしていた音は俺のこの口から出ていたんだよ。ライブのたびに舌がヒリヒリするんだ。荒々しい音出すから俺の内蔵はもうボロボロさ。どうしてくれんだよ。まぁ死んでんだけど」


現場検証を行った警察官によると、まるで男を押し倒すかのように倒れていた例のアンプはどういうわけか配線がめちゃくちゃな状態であったという。死因に関しては一人でアンプを修理かなにかしようとした際に誤って転倒し押し潰された、事故死であると結論づけられた。

この事故には一点不可解な謎が残される。事故の翌日、警察によって保管されていたアンプと、搬送先の病院の霊安室に安置されていた男の遺体が忽然と姿を消したのだ。

以上の出来事がニュースで取り上げられた朝、開店の準備をしていたあの楽器屋の店主は、ひどく冷たいため息をつきながら店の隅にぽつりと佇む置いた覚えのないアンプを眺めていた。